【中小企業向け】時間外労働が月に60時間超で割増賃金率が引き上げに!経営者が求められる対応とは

浜ちゃんこと弁護士の浜田です。今回は2023年4月1日から1か月当たりの時間外労働が60時間を超える場合の割増賃金率が5割以上となります。

これを受けて中小企業の経営者の皆様がどのような対応をすべきか等についてお話していこうと思います。

今回お話しする内容の大項目は下記のとおりです。

 

1.2023年4月1日に施行される内容

2.月60時間超の時間外労働が認められる場合の要件

3.中小企業の経営者がとるべき対応

4.当事務所がサポートできること

それでは早速内容に入っていきましょう!

 

 1 2023年4月1日に施行される内容

(1)歴史的な経緯

内容についてお話しする前に60時間超の割増率が上昇することになった経緯を説明したいと思います。多くの会社において所定時間外労働について労働者の自己申告制をとって結果的に実態よりも少ない時間が申告されることによって(労働者からすると会社経営者や上司からの「空気を読め」という圧力に屈して過少申告してしまうという実態があるのは間違いないでしょう)賃金不払い残業(「サービス残業」)が多く発生していた実態があります。

この問題に対処するため厚生労働省(以下、「厚労省」といいます。)は2001年4月に、使用者の労働時間把握の責務のための基準を通達によって設定し、2003年5月には「賃金不払残業総合対策要綱」を策定して、賃金不払残業の解消を目指す取り組みを強めました。

それ以降、全国の労働基準監督署において重点的な監督指導が実施され、多くの企業において多額の賃金不払残業が是正されました。この点について2016年度においては1,329企業(対象労働者22万3,507人)について総額142億4,576万円(1企業平均1,072万円,労働者1人当たり7万円)の不払割増賃金が是正されたとの統計資料があります。

そして、長時間労働に従事する労働者の割合が30歳台男性を中心に高止まりしている状況を改善する策として、1か月80時間を超える時間外労働について割増率を5割以上とする労基法改正案が2007年に国会に提出されて、2008年秋の臨時国会において1か月80時間が60時間と修正されて成立しています。

この際に中小企業への適用猶予が定められましたが、2018年に成立した働き方改革関連法による労基法改正で、この適用猶予が廃止されました。2023年3月31日をもって廃止されることとなったため中小企業について2023年4月1日から月60時間超の時間外労働に対する5割の割増率が適用されることになったものです。

新しい法律が施行されるのではなく,いつか施行される予定で制定されていた法律の施行時期が後に確定し,確定した施行時期に予定どおり施行されるだけの話ですね。

ちなみに中小企業に該当するかは,①または②を満たすかどうかで企業単位で判断されることになります。

 

 

(2)時間外・休日・深夜労働の賃金割増率(2023年4月1日以降)

東京労働局作成の表を引用します。

これが基本形ですが,時間外・休日・深夜労働が重なる場合の割増率を押さえておく必要があります。上の表に入っている時間外労働が1か月60時間を超えたというバリエーションが増えていますので,その点も押さえておきましょう。

①時間外労働(1か月60時間以内)が深夜労働と重なる場合

 50%以上

②時間外労働(1か月60時間を超える)が深夜労働と重なる場合

 75%以上

③休日労働と深夜労働が重なる場合

 60%以上

④休日労働中に1日8時間を超える労働が行われた場合

 35%以上

 

ちなみに月60時間の時間外労働時間の算定には,法定休日に行った労働時間は含まれませんが,それ以外の休日に行った労働時間は含まれることになります。法定休日とは,労働基準法35条で規定されている,使用者が労働者に必ず与えなければならない休日のことを指します。使用者は,労働者に毎週少なくとも1回の休日を与えなくてはいけません(週休1日原則)。週休2日制をとる会社が多いと思うのですが,その場合には2日のうち1日が法定休日ということになりますね。

 

割増賃金の算出方法について厚生労働省作成のリーフレット記載のカレンダーとその説明がわかりやすいので引用します。

 この図の1日ごとに記載されている数字は法定時間外労働の時間になります。このカレンダーが想定している会社は週休1日,休日は日曜日の会社ですので日曜日の労働は法定休日の労働となり,割増率は35%になります。

23日までの累積法定時間外労働が60時間(日曜日に行った休日労働の時間は除く)24日に行った時間外労働から割増率が50%になります。

24日以降の時間外労働が深夜割増の時間に行われると割増率が75%となるというのは前述したとおりです。

 

2 月60時間超の時間外労働が認められる要件

(1)36協定の締結

そもそも労働基準法は週40時間,1日8時間を超えて労働させてはいけないと規定し,この規定に違反して労働者に労働させたら労働基準法違反ということで刑事罰の対象となりますし,仮に「週40時間以上働く」という雇用契約を締結したとしても無効となるところです。

この法定労働時間を超えて労働者を労働させるには労働基準法第36条に基づく労使協定(労働者側と使用者の協定。「36協定」)を締結して労働基準監督署長に届け出る必要があります。

この36協定においては「時間外労働を行う業務の種類」や「時間外労働の上限」を定める必要があります。

(2)時間外労働の上限規制と実際に求められる対応

大企業については2019年4月以降,中小企業については2020年4月以降に適用されることになった時間外労働の上限規制(36協定を締結・届出しても×という上限規制)については以下のとおりです。なお,上限規制について改正前も大臣告示よる上限(行政指導)がありましたが,上限規制が法律で定められた点に意義があるということも付け加えておきます。

原則:時間外労働の上限は原則として月45時間・年360時間

例外:臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合(特別条項)でも,以下の内容を守らなければなりません。

・時間外労働が年720時間以内

・時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満

・時間外労働と休日労働の合計について「2か月平均」「3か月平均」「4か月平均」「5か月平均」「6か月平均」が全て1か月当たり80時間以内

・時間外労働が月45時間を超えることができるのは,年6か月が限度

 

上限規制のイメージ図を厚生労働省作成のリーフレットから引用します。

 (3)小括

そもそも月に60時間を超えた時間外労働を労働者にさせるには,この上限規制について違反しないような労働時間管理が必要となるということですね。具体的には上限規制に違反しない特別条項の作成と違反しない運用の両方が必要ということになります。

4 中小企業の経営者がとるべき対応

今回の割増率の上昇を踏まえて経営者の皆様がとるべき対応について優先順位をつけてお話しします。

(1)労働時間の把握・可視化

時間外労働時間を削減するには,まず事業所で働く労働者の労働時間をしっかり把握して目に見える形で管理する必要があります。そもそも時間外労働が発生している状況があるのかないのか,あるとしてどの労働者にどの程度の時間外労働が発生しているのか等を把握しないと業務全体の中でどこに時間外労働が発生しやすいのか,その原因は何か,原因を解決することが可能なのかどうか,可能だとしてどの程度の工数が必要となるのかを判断することができないからです。問題解決の前提は正確な現状認識です。

ちなみに平成13年に労働局長通達として出された「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」(平13・4・6基発339号)で労働時間の適正な管理のために使用者が講ずべき措置が提示されました。

その後,厚労省は2017年1月20日に,上記通達をより詳細にした「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を策定しており,使用者にはこのガイドラインに沿って労働時間を適正に把握する義務があります。その内容は大きく5つの項目に分けられます。

① 始業・終業時刻の確認・記録

② 始業・終業時刻の確認及び記録の原則的な方法

 ア 使用者自らの現認,適正に記録

 イ タイムカード,ICカード,パソコンの使用時間の記録等の客観的記録を基礎として確認し,適切に記録

③ 自己申告制により始業・終業時刻の確認及び記録を行う場合の措置

④ 賃金台帳の適正な調製

⑤ 労働時間の記録に関する書類の保存

労働時間の把握・可視化は使用者の義務でもあるという意識を持たなくてはいけないですね。  

(2)時間外労働の削減

ア 労働者の労働時間を正確に把握して目に見える形で管理をすると時間外労働がどの部署の誰にどのくらいの時間発生しているのかがわかります。その結果,不必要な時間外労働が生じているという認識になった場合には,時間外労働の削減策に着手することになります。

 

イ その1つの方法として考えられるのが所定終業時間後の在社(残業)を原則として「事前許可性」(事前承認制)にすることです。緊急事態が発生して残業対応が必要であるにも関わらず,上司と連絡が取れない場合などのやむを得ない事由があるときのみ例外的に事後承認を認めるようにすることです。

なお「事前許可性」(事前承認制)は採用しているものの,許可がないのに時間外労働をしていることを黙認しているとった制度が形骸化している会社も少なくありませんが,このような会社では許可がない時間外労働を黙認しているとして時間外労働であるとの評価のもとに割増賃金が発生しているとの評価になるリスクが高いです。

こうなってくると事前許可制をとっている意味はなくなりますので運用を厳格に行い,事前許可なき時間外労働が発生しないように対応してください。

 

ウ 残業禁止命令

上司の命令に従わずに会社に長時間滞在している社員へ対応として考えられるのが残業禁止の業務命令を出すことです。残業禁止命令違反時の賃金不支給を就業規則に定めておくことで命令違反の場合の賃金支払い義務を免れる可能性があります。

これを肯定した裁判例(神代学園ミューズ音楽院事件・東京高判平17.3.30 労判905号72頁)もありますが,この裁判例は以下のような認定の下に判断していることに注意すべきです。

「前記認定のとおり,被告Mは,教務部の従業員に対し,平成13年12月10日以降,朝礼等の機会及び原告G,同F及びO主任を通じる等して,繰り返し36協定が締結されるまで残業を禁止する旨の業務命令を発し,残務がある場合には役職者に引き継ぐことを命じ,この命令を徹底していたものであるから,上記の日以降に原告らが時間外又は深夜にわたり業務を行ったとしても,その時間外又は深夜にわたる残業時間を使用者の指揮命令下にある労働時間と評価することはできない。」(原文そのまま)

この引用部分を見ると残業禁止命令を下しているのみならず残務がある場合の対応も指示し,命令を徹底していたという実態があることを重視した上での判断であると評価できます。残業禁止命令を出した,命令違反の効果を就業規則に規定した,だからOKという単純なものではなく,残業禁止命令を機能させるような運用が要求されるということですね。

これらの対応の他にもダラダラ残業自体を禁ずる旨を就業規則の服務規律の条項に入れるといった対応,そもそも所定労働時間内に合わせた業務量を考えて労働者に仕事を振ることがそもそも必要ですね、この場合には所定労働時間内に多くの業務をこなせる社員と少ない業務しかこなせないため割り当て業務量が少なくなる社員との間で人事評価をきちんと分ける必要(前者を高く評価する)があると思います。

 

(3)代替休暇の付与

事業場で労使協定を締結すれば,時間外労働が60時間を超えた場合に,割増賃金率が25%以上から50%以上に引き上げられた部分の割増賃金の代わりに有給の休暇を付与することができます。

代替休暇は1日または半日単位で,時間外労働が1か月60時間を超えた当該1か月の末尾の翌日から2か月以内に与える必要があります。代替休暇を取得するかどうか労働者の意向確認の手続き,取得日の決定方法,割増賃金の支払日等を協定で定めておく必要があり,また就業規則にも記載しておく必要があります。

代替休暇制度により割増賃金に代えて代替休暇の対象とできる時間の換算方法は以下の式となります。

代替休暇の時間数=(1か月の時間外労働時間数―60時間)×25%(※ 換算率)

※換算率=(代替休暇を取得しなかった場合に支払うこととされている割増賃金率(50%以上))
     -(代替休暇を取得した場合に支払うこととされている割増賃金率(25%以上))

通常の会社では50%,25%と規定しますので通常の換算率は25%となります。具体例を挙げて計算してみましょう。割増賃金率を25%,令和5年4月1日以降の月60時間超えの時間外労働についての割増賃金率を50%と定めた事業場において1か月72時間の時間外労働を行った場合の代替休暇の時間数は

 

(換算率)50%-25%=25%

(72時間-60時間)×25%=3 代替休暇の時間数は3時間となります。

 

代替休暇を労働者が希望する場合に3時間の代替休暇を与えることで,12時間分の差額分(割増賃金率が25%から50%となる分の差の25%)を支払ったということになります。

(4)割増賃金率を50%に引き上げて賃金を支払う

以上の(1)から(3)の努力をしてそれでも60時間超えの時間外労働についての割増賃金の支払い義務が残るケースでは素直に割町賃金率を50%と計算して賃金を支払いましょう。

6 当事務所がサポートできること

(1)スポット案件としてのサポート(就業規則改定についての相談,改定業務等)

既に就業規則が存在している企業からの就業規則改定についての相談を受けたり,場合によっては改定自体をお引き受けすることも可能です。また時間外労働を減らす手法や時間外労働についての割増賃金をどのように支払うか(固定残業代制度をとっている場合には,その支払いがきちんと残業代の支払いに充当されるような運用方法等)についても相談対応いたします。

(2)顧問弁護士としてのサポート

時間外労働を減らすこと,減らすための方策,減らせない場合にどのような形で支払っていくか,時間外労働をしなくても所定労働時間内に会社が期待している業務量をこなすことができる社員と期待している業務量を所定労働時間内にこなせずに時間外労働をしがちな社員,生産性が低いがゆえに会社の期待水準を下げざるを得ない社員についてどのように人事評価して能力のある社員との間でどのように処遇していくのかといった問題はスポットでの依頼に基づいて対応することが難しい総合的な問題になります。

 

そこで顧問契約を当事務所と締結していただき,日常的な業務についてもある程度把握しながら顧問先企業の実情に応じた取り組みをサポートするのが最も効果的なのではないかと考えます。

7 最後に

時間外労働についての問題はどの会社にも存在し得ますし,会社経営者の方の悩みは尽きないと思いますが,当事務所がこういった会社,会社経営者の方々のお役に立てるのであれば幸いです。

文責  弁護士 浜田 諭

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