「トラック運送業における労務管理」その33-運送業界で頻発する未払い残業代請求!労働時間管理のポイント-
運送業界の現状
労働時間管理の曖昧さ
前回のコラムで取り上げたところですが,運送業界においてはトラックの積載率が悪かったり荷物の積み卸し等でかかる荷待ち時間が長くなることもあり,トラックドライバーの労働時間が長くなる傾向にあります。
そして,この労働時間について正確に把握して賃金計算を行っている事業者は多くありません。
ドライバーの運転時間についてはデジタコの活用によって正確な数字がはじき出せるのですが,トラックが動いていない時間については,それが休憩時間なのか荷待ち時間なのか等が判然としないことから,とりあえず労働時間とは計算しないという事業者も少なからず見受けられます。
後述しますが,荷待ち時間も本来は労働時間と評価されるべき時間であり,もし労働時間としてカウントせずに賃金計算されているのが後に判明すると未カウントの労働時間にかかる賃金が不払いと評価されることになります。
運送業界の実情として荷主の都合によって生じる荷待ち時間は自社でコントロールできないものであり,また荷待ち時間を労働時間としてカウントした場合のトラックドライバーの賃金分を荷主に負担してもらうことができない状態にありますので非常に悩ましいところです。
なお,長時間労働の改善等の工夫については前回のコラムで取り上げておりますので,そちらをご覧いただけると幸いです。
未払い残業代請求が通りやすい現状
前述のように労働時間の管理が不十分であること,実労働時間を計算して賃金を支払っている事業者が少ないことから,まず未払い残業代が潜在的に発生しているケースが多いという実情があります。
それに加えて残業代の前払いとして利用されている固定残業代の制度設計や支給実態が残業代の支払いと評価されないケースもまれではなく,労働者からの未払い残業代請求が通りやすい現状があると思います。
近年の未払い残業代請求増加傾向
運送業界に限ったことではないのですが,特に雇用契約が終了した労働者と使用者(会社などの雇用主)の間の紛争において労働者側から未払い残業代が請求されるケースは増加傾向にあります。
労働者からの未払い残業代請求については,10年以上前までには多く存在していた過払い金請求(消費者金融などからの借入金について利息を支払いすぎていたので,その分を返せという請求)案件と同様に弁護士が大量処理をして多くの利益を得られる案件になるのではないかと言われていましたが,実情はそうなっていません。
これは労働時間の認定の問題や各種手当の取り扱いといった個別案件ごとの個性があり定型的な処理ができないこと,証拠の偏在(労働時間を裏付ける資料が使用者側にのみ存在することが多いこと)といった構造上の問題があり,定型的な処理に向かないことが原因だと思います。
未払い残業代請求は、
①文書で労働者が残業代を請求してくる交渉
②交渉が決裂した場に裁判所以外の機関(例えば労働委員会)でのあっせん等を利用して解決を図る裁判外手続
③裁判所での労働審判
④裁判所での訴訟
という大まかの4つのパターンで行われることになります。
①文書で労働者が残業代を請求してくる交渉
労働者本人が文書で未払い残業代を請求するものと代理人弁護士を通じて未払い残業代を請求するものに分かれますが,いずれも増加傾向にあると思います。
これはインターネット上で労働者が残業代に関する情報を容易に入手できるようになったこと,労働者の権利意識の高まりが原因かと思います。なお,これ自体はネガティブなものではありません。ちなみに労働者本人が請求してくる場合には,そもそも未払い残業代が発生していないケースが少なくないです。
②交渉が決裂した場に裁判所以外の機関(例えば労働委員会)でのあっせん等を利用して解決を図る裁判外手続
弁護士として関与することが少ないので,この形で未払い残業代が請求されるものが増えているのかどうかは曖昧です。1つの対応として労働者側が認識している可能性も少なくありません。
③④裁判所での労働審判・訴訟
③が増加,④については大幅な減少傾向にあると思います。未払い残業代請求については労働審判の紛争解決機能が高いことから,訴訟ではなく労働審判を労働者が選択しているのだと思います。
労働審判は3回以内に終わりますし,初回や2回目で調停が成立して終了するケースも多いですから早期解決という面では非常に使い勝手が良い制度です。年々,申立件数が増えているのも納得です。
運送業界の労働時間の変更点等
時間外労働の上限規制
大企業については2019年4月から,中小企業については2020年4月から既に上限規制が導入されています。
これは今般の働き方改革の一環として,労働基準法が改正されたことによって上限規制が導入されたものです。
この改正によって,法律上,時間外労働の上限は原則として月45時間・年360時間となり,臨時的な特別の事情がなければこれを超えることができなくなりました。改正の概要は下記の図のとおりです。
なお,この施行にあたっては経過措置が設けられています。上限規制は36協定(法定時間外労働をさせる根拠となる協定です)についての適用という形になっているのですが,その適用についての経過措置は以下のとおりです。
トラックドライバーなどの自動車運転業務についての適用猶予・除外と2024年4月1日以降の変更点
この上限規制ですが,5年間猶予される業務があり,その中にトラックドライバーなどの自動車運転業務が含まれています。具体的な内容は以下のとおりです。
自動車運転の業務について現在は上限規制の猶予期間中ということになり,上限規制の適用はありません。
そして2024年4月1日以降についても適用されないものがありますので上の表をご参照ください。
長時間労働が生じがちである自動車運転業務については,その実情を踏まえて規制を緩和しているということになります。しかし特別条項付きの36協定を締結する場合でも年間の時間外労働の上限が年960時間となります。これを踏まえた対応は必要です。
残業時間の定義
一般的に残業時間というと会社で定めた所定労働時間を超える時間のことを指すと考えることが多いようですが,実はそうではありません。
法律上の「残業時間」は労働基準法で定められた「法定労働時間」(1日8時間・1週40時間)を超える労働時間のことをいいます。この意味での残業時間については割増賃金の支払いが必要です。
1か月60時間を超える時間外労働についての割増率の改正
1か月60時間を超える時間外労働(残業)についての割増率については5割以上という改正が2010年4月1日施行されているのですが,この割増率については当分の間は中小企業には適用しないこととされました(労基法138条)。
しかし,この適用猶予の規定は2018年の働き方改革関連法による労基法改正で廃止されることなり,施行時期については2023年4月1日とされています。
問題を起こさないための労働時間管理のポイント
労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン
ガイドライン策定の経緯
平成に入ってからの不況で正社員雇用が抑制されて長時間労働が問題となり,その対策として平成13年に「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」が労働基準局長通達として出され(平13・4・6 基発339号),労働時間の適正な管理のために使用者が講ずべき措置が提示されました。
その後,厚生労働省は2017年1月20日に上記通達をより詳細にした「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を策定しました。
このガイドラインは,運送業のみならず使用者に労働者の労働時間管理の基準を示すものであり,参考になると思いますのでご紹介します。
ガイドラインの内容
①使用者は,労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し,適正に記録すること
原則的な方法
・使用者が,自ら現認することにより確認すること
・タイムカード,ICカード,パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し,適正に記録すること
やむを得ず自己申告制で労働時間を把握する場合
・自己申告を行う労働者や,労働時間を管理する者に対しても自己申告制の適正な運用等ガイドラインに基づく措置等について,十分な説明を行うこと
・自己申告により把握した労働時間と,入退場記録やパソコンの使用時間等から把握した在社時間との間に著しい乖離がある場合には実態調査を実施し,所要の労働時間の補正をすること
・使用者が労働者が自己申告できる時間数の上限を設ける等適正な自己申告を阻害する措置を設けてはならないこと。さらに36協定の延長することができる時間数を超えて労働しているにもかかわらず,記録上これを守っているようにすることが,労働者等において慣習的に行われていないか確認すること
②賃金台帳の適正な調製
使用者は,労働者ごとに,労働日数,労働時間数,休日労働時間数,時間外労働時間数,深夜労働時間数といった事項を適正に記入しなければならないこと
③労働時間の記録に関する書類の保存
使用者は,労働者名簿,賃金台帳のみならず,出勤簿やタイムカード等の労働時間の記録に関する書類について,労働基準法109条に基づき,3年間保存しなければならないこと
運行管理者を始めとする内勤者については,まずはこのガイドラインに従って労働時間を適正に把握して賃金計算をして支払うということを淡々と実行していきましょう。
トラック運転者の労働時間等の改善基準
トラック運転者については労働時間の規制のみならず拘束時間,休息期間,運転時間について厳格な基準が設けられており,この基準に従った運行計画を立てて実行していく必要があります。
この改善基準に従った運行ができない場合,監査を受けた際に運輸局から問題を指摘されて行政処分を受ける可能性がありますので労働時間のみならず拘束時間,休息期間,運転時間について,この基準を遵守する必要があります。
実際に可能な労働時間管理について
事前許可制
運送業界ではあまり見かけませんが,残業について事前許可制をとっている会社はあります。
事前許可制とは残業を原則として禁止し,事前の許可があるときのみ残業できるという制度です。もちろん緊急事態が発生し残業しての対応が必要であるにもかかわらず,上司と連絡が取れない場合などのやむを得ない事由があるときには例外的に事後承認を認めるとする企業が多いと思います。
運送業界でこの事前許可制があまり使われていないのは荷主企業との関係などで突発的な残業が生じることが往々にしてあるからだと思います。事前許可をとることが不可能な残業が発生した場合にも事前許可がないから残業を認めないとか残業代を支払わないという対応をすると運送業界で働きたい人はいなくなるでしょう。
そして,事前許可制をとりながらも許可ない残業を黙認していると,その残業について黙示に承認していたと評価されて残業代を支払わされることになります。
このことを考えると事前許可制をとるのであれば厳格に運用しないと残業時間はどんどん多くなります。
また不必要な残業を多くしている労働者に対して個別に残業禁止命令を下して命令違反の残業については賃金を支給しないという対応も考えられます。
日々の確認
デジタルタコグラフ(以下,「デジタコ」といいます。)を導入している企業が多いと思います。
デジタコに記録された運行記録をプリントアウトし,ドライバーが戻って来られた後に当日の運行や業務について確認をして休憩時間とそれを控除した実労働時間をドライバーと会社が相互に確認して,会社が労働時間と認めた時間とドライバーが労働時間と認めた時間を相互に記入します。
この相互に記入する時間については双方がすり合わせをして同じ時間になるのが望ましいと思います。
その際,ドライバーから本来想定しているよりも短い休憩時間の申告があった場合には,なぜ休憩時間が想定した時間とれなかったかを実労働時間を記載した文書に手書きしてもらうといいでしょう。これを踏まえて荷主企業と改善策について話をしたり,社内での問題解決を図ることができるかもしれません。
このように労働時間について相互に確認をする,認識に食い違いがあればそれが生じた理由を特定する,特定できればそれを踏まえて改善策を探るという順番で対応していく,このプロセスの中で実労働時間についてドライバーと会社の間ですり合わせをしていく,こういった日々の作業が労働時間管理の上で大事だと思います。
これはもちろん労働時間管理という面もあるのですが,会社が運行状況や結果的に生じた長時間労働の原因を特定して,そこに対処をするきっかけにするという面もあります。
また運行の実情を踏まえて会社側がドライバーに配慮をしているという姿が可視化されます。このことはドライバーの会社に対する信頼の醸成につながり離職率の低下が期待できます。また,将来的には求職者の増加,良い人材の確保につながる可能性があります。
当事務所が提供できるサポート
労働時間管理について最新の法改正に基き,運送業を経営されている皆様の会社の実情に応じた労働時間管理について一緒に考えて立案し,それを実行するお手伝いをいたします。
就業規則の改訂などのハード面のアドバイスと実際に存在している制度をどのように機能させるのかというソフト面でのアドバイスも提供いたします。
これは顧問契約を前提としたサービスとなります。
また,現在,労働時間管理にお悩みの運送業の皆様からの個別の相談にも対応しております。
このようなサービスに興味をお持ちの運送業の経営者の皆様からのお問い合わせをお待ちしております。
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