トラック運送業における労務管理 その12-ドライバー同士の喧嘩によって会社が責任を負う場合があるのか-
浜ちゃんが最近,物流業界に興味を持っているとの噂を聞き,相談に来られた運送会社S社のK社長。
今回もトラック運送業における労務管理について浜ちゃんに相談しています。
1.社員同士の喧嘩が発生した場合に会社が責任を負う場面はあるのでしょうか?
K社長
「当社はドライバーを多く雇用しているのですが,ドライバー同士で喧嘩になることもあります。」
浜ちゃん先生
「一言で喧嘩といっても軽い口論から取っ組み合いの大喧嘩まで
色々なレベルのものがあると思うのですが・・・」
K社長
「ここ最近は口論くらいしかないんですが,
以前にはドライバー同士で取っ組み合いの大喧嘩になったり,どちらかが怪我したりということもありました。」
浜ちゃん先生
「それは大変ですねぇ。」
K社長
「心配なのはドライバー同士の喧嘩でどちらかが怪我した場合,
会社が責任をとらされるケースがないのかということです。
実際のところ,どうなんですか?」
浜ちゃん先生
「ドライバーに限らず従業員同士の喧嘩で会社が法的責任を負うケースはあります。
1つ目は使用者責任(民法715条)を負う場合と
会社に安全配慮義務違反(民法415条)があったと評価される場合です。」
2.会社に使用者責任が生ずるのはどんな場合でしょうか?
K社長
「使用者責任というのは,どんな場合に負わされるのですか?」
浜ちゃん先生
「「ある事業の執行のために他人を使用する者は,
被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」(民法715条)
とされており,これが適用される場面が使用者責任が発生する場合ということになります。
従業員同士の喧嘩ですと,実際に損害が発生するのは従業員の1人が他の従業員に行った暴行によって
怪我をした場合ですが,これが先の条文の適用される場面かどうかが問題となります。」
K社長
「民法715条の被用者は従業員のことですよね。従業員の暴行が
「事業の執行について」に当たるかどうかが問題となるという理解でいいですか?」
浜ちゃん先生
「そのとおりです。社員の暴行が「事業の執行について」に当たるか否かについて
かかる暴行が会社の事業の執行を契機とし,
これと密接な関連を有すると認められるか否かによると判断した裁判例があります(最判昭44・11・18)。」
K社長
「それだけではよく分からないですね。」
浜ちゃん先生
「具体的に言いますと,事業執行要件の該当性を判断するにあたっては,
客観的に見て事業執行行為と評価できる行為と暴行との時間的場所的な密接関連性が認められるかどうか,
暴行が生じた原因と事業執行行為との密接関連性が認められるかどうか
が問題になります。(佃運輸事件・神戸地裁姫路支部平23・3.11)
この佃運輸事件においては,会社の敷地内において行われた,就業時間中の暴行であったことから
事業執行行為との時間的場所的な関連性は満たしていると評価しました。
しかし暴行が生じた原因と事業執行行為との密接関連性があるということはできないということから
「事業の執行について」なされたとはいえないとしました。
結論的には会社の責任を否定したことになります。」
K社長
「このケースで従業員が他の従業員に暴行をした原因は何だったのですか?」
浜ちゃん先生
「最初は,この会社で配車を担当している社員
(本件の加害者でも被害者でもない方で運行管理者ではないかと思われます。)に
被害者が異議を述べたのが始まりですが,その後,加害者と被害者がヒートアップして,
結局,加害者から被害者への暴行が合計3度に渡って行われた案件になります。」
K社長
「そうなんですねぇ。配車の内容によってはドライバーの手取り額が大きく変わるので
配車をめぐる不満がドライバーに生じるケースは当社でもあります。他人事ではないですね。」
浜ちゃん先生
「このケースについて,きっかけは被害者となったドライバーが訴えた配車への不満でしたが,
その後の加害者・被害者間のやり取りが暴行へとつながっていることから
「事業の執行について」とは評価できないと裁判所が判断したと思われます。」
3.会社の安全配慮義務違反が認められるのはどんな場合でしょうか?
浜ちゃん先生
「先ほどのケースでは被害者となった従業員から
会社には安全配慮義務違反があったので損害賠償責任を負うとの主張も出ていました。」
K社長
「そもそも安全配慮義務とは何ですか?」
浜ちゃん先生
「ちょっと難しいと思うのですが,裁判所が用いている表現で説明しますね。
ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において,
当該法律関係の付随義務として当事者の一方または双方が相手方に対して信義則上負う義務のことです。
具体的には,使用者が,従業員に対し,使用者が業務遂行のために設置すべき場所,施設
もしくは器具等の設置管理または従業員が使用者もしくは上司の指示のもとに遂行する業務の管理に当たって,
従業員の生命および健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務」
を意味する(最高裁昭58・5・27判決等)と言われています。」
K社長
「法律用語は難しくてよくわからないですね。」
浜ちゃん先生
「裁判所の定義の「ある法律関係に基づいて特別な社会的な接触の関係」というのは,
例えば会社と従業員の間には雇用契約という法律関係があり,これに基づいて
会社と従業員の間には特別な社会的な接触の関係があると評価されます。」
K社長
「なるほど,それでは当該法律関係の付随義務というのは何ですか?」
浜ちゃん先生
「会社が従業員を雇用する雇用契約の場合,従業員は労務を提供する義務,
会社は労務の対価として賃金を支払う義務があります。
これが雇用契約の本質的な義務になります。」
K社長
「なるほど,それ以外の義務を付随義務ということでいいですか?」
浜ちゃん先生
「察しがいいですね。シンプルにいうとそうなります。
安全配慮義務は雇用契約が想定する本質的な義務ではなく付随義務ということになります。」
K社長
「このケースでは被害者となった従業員は安全配慮義務としてどのような義務があると主張していたんですか?」
浜ちゃん先生
「会社には,従業員が他の従業員から暴力を振るわれることがないよう配慮し,
従業員の生命・身体を危険から保護する義務が会社にはある,
この義務に違反した結果,他の従業員から暴力を振るわれて怪我をした。
それによる損害を賠償しろと主張したようです。」
K社長
「そもそも会社はそんな義務を負うんですか?」
浜ちゃん先生
「負わないですね。裁判所も,小中学校ではあるまいし,会社が原告の主張するような
一般的な従業員間の暴力抑止義務のようなものを負っているとは認めがたいと判断しています。」
K社長
「それでは,どのような場合でも義務を負わないんでしょうか?」
浜ちゃん先生
「例えば,暴行が行われる以前から従業員がお互い顔を合わせれば暴力沙汰になっていたか,
またはそうなりそうであったという状況が存在したのであれば,会社にとって暴行の発生は予見可能であり,
したがって,両者の接触を避けるような人員配置を行う等の結果回避義務があったというべきであると
裁判所は判断していますし,私もこのような状態であるのに
会社が何も防止策をとらなかった場合には会社が法的責任を負うのはやむを得ないと思います。」
K社長
「そうなんですねぇ。会社としては従業員同士の人間関係にも普段から関心を持っていたほうが良いですね。
今日も勉強になりました。今後ともよろしくお願いいたします。」
浜ちゃん先生
「こちらこそ,よろしくお願いいたします。」
さいごに
当事務所においては,これまでも労務管理を中心とする中小企業の顧問業務,
宅建業や不動産取引にかかわる紛争の解決に注力して参りましたが,
今後は流通・運送業界の法律問題の解決,顧問業務にも力を入れて取り組むことになりました。
このブログにおいても有益な情報発信ができるよう努力して参りますので,
よろしくお願いいたします!
執筆者 弁護士 浜田 諭
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