トラック運送業における労務管理」その30-運送業における交通事故のリスクとそのペナルティ等について-
前回は運送業における歩合給の活用についてお話ししましたが,今回は運送業において交通事故が引き起こすリスクやペナルティについてお話していこうと思います。
なお,ドライバーの健康起因事故については国が積極的に取り組んでいる分野となりますので随時触れていこうと思います。
今回お話しする内容は以下の目次のとおりです。最重要項目は行政処分の項目なので,時間のない方はそこだけでもご覧いただけると幸いです。
目 次
(1)交通事故一般論
(2)健康起因事故について企業が責任を問われた事例
(3)健康起因事故を防止するために運送会社が取り組むべき対策
(1)ドライバー自身の免許に対する処分
(2)運送会社に対する行政処分のリスク←最重要!
第1 はじめに
自動車を運転する以上,交通事故に巻き込まれるリスクがあるのは個人でも事業者でも同じですが,運送業を営むと多くの自動車を公道で走行させるわけですから交通事故に巻き込まれるリスクは当然高くなります。
ちなみに交通事故全体の数は減少傾向にあり,トラック業界も例外ではありません。
交通事故における死者の数ですが,減少率は低下しています。
ちなみに飲酒運転による事業用自動車の交通事故に関しては横ばい傾向にあり,運送業界についても例外ではありません。
交通事故のうち運転者の健康状態が原因となって発生した事故についての統計は以下のとおりです。
元々,健康状態起因事故であったものが統計に反映されていなかったものが,統計に反映されるようになっただけで実数が増えているとは限りませんが統計上は増えています。
業態別のデータは以下のとおりです。
そして健康起因事故の疾病内訳は以下のとおりです。
健康起因事故を起こした運転者の疾病で多いのが脳疾患,心臓疾患(心筋梗塞,心不全等)など,健康起因により死亡した運転者の疾病で多いのが心臓疾患(心筋梗塞,心不全等)になります。
このような健康起因事故については国交省がすでに対策を講じていますので,後程紹介いたします。
さて,一口に交通事故といっても後方車両から一方的に追突される不幸な交通事故から運転手が飲酒したうえで引き起こす交通事故まで様々ですが,ここから先に取り上げるのは運転手に過失がある交通事故についてです。
第2 刑事責任について
交通事故を起こした運転手に故意や過失がある場合,危険運転致死傷罪,過失運転致死傷アルコール等発覚免脱罪,過失運転致死傷罪により所定の懲役刑などが下される可能性があります。
また運転者に過労運転や過積載運転等の道路交通法違反行為があった場合は,両罰規定(道交法123条)により,法人に対しても罰金刑が適用されます。
運転者個人のみならず運送業を経営する法人にも罰金刑が下される可能性があることは理解しておいた方が良いですね。
第3 民事上の責任について
(1)交通事故一般論
ドライバーが運送の過程で起こした交通事故は「事業の執行につき」起こしたものとして使用者責任(民法715条)に基づき損害賠償責任を負う可能性がありますし,人身事故の場合は,運行供用者としての損害賠償責任が発生することになります。
このように民事上の賠償責任が発生したとしても運送業を経営する会社は運行に用いている車両に任意保険をかけているのが通常ですので,損害保険会社が会社に代わって賠償することになろうかと思います。
このことから,運送業を経営する会社経営者の皆様は,交通事故発生時の民事上の責任については,普段あまり意識することがないのではないでしょうか。
ちなみに事故による損失項目としては以下のものが考えられます。事故の加害者側となった場合のみならず被害者側となった場合にも参考にしていただけると幸いです。
①対人身被害 入院・治療費 休業補償 死亡・後遺症の補償,慰謝料 葬祭費 ②対物件被害 積載物破損の賠償 車両破損修理費 地上物件破損修理費 車両の休業補償 ③その他 事故現場処理費(死傷者・車両搬送費,交通費,食料等雑費) 紛争解決費用(裁判・弁護士費用) 営業補償 |
(2)健康起因事故について企業が責任を問われた事例
鹿沼市クレーン車事故事件(宇都宮地裁平成25年4月24日判決)を受けて
運送業界の交通事故ではないのですが,健康起因事故について注目すべき裁判例がありますので,ここで紹介します。
この裁判例は,平成23年に栃木県で運転手Y1が会社Y2の所有するクレーン車を運転中,てんかんの発作を起こして意識を消失し,通学のために歩道上を通行していた6名をはねて死亡させた事故について,運転手Y1がてんかんであることを知らなかった勤務先のY2についても車の保有者と使用者の責任として賠償責任を認めた裁判例です。 この裁判例においてY1がY2の業務途上で事故を発生させたことを理由として使用者責任(民法715条),当該事故を起こしたクレーン車の保有者であることから自動車損害賠償保障法(以下,「自賠法」という。)第3条(運行供用者責任)によりY2に損害賠償責任が認められています。 |
この裁判例を受けて以下の点を留意する必要があります。
運転手の虚偽報告によって事業者が運転手の持病を把握していない場合でも民法715条の使用者責任や,自賠法第3条の運行供用者責任が発生することになります。
このことから,ドライバーの採用時には道路交通法等関係法令で定められている免許の拒否・保留の自由となる健康状態でないかを確認する必要があります。
以下,道路交通法103条より引用
―引用終わり
そして政令においては(1)(2)(3)が具体化されています。
(3)健康起因事故を防止するために運送会社が取り組むべき対策
①総論
また日常業務の中でも従業員の健康状態を観察することで病気の兆候がないかを確認するといった対応が必要になります。ちなみに当初から「乗務員の健康状態の把握」「疾病等により運転ができないおそれのある乗務員の乗務禁止」は義務付けられており,雇入時の健康診断及び定期健康診断の義務付けという形でも明記されていました。
また,運行管理者による点呼時の確認として,乗務前点呼により,疾病等で安全な運転をすることができないおそれの有無等について確認することになっていました。
これに加えて国交省は「健康管理マニュアル」「睡眠時無呼吸症候群(SAS)対策マニュアル」「脳血管疾患対策ガイドライン」「心臓疾患・大血管疾患対策ガイドライン」を作成しておりますので、こちらを参考にしてドライバーの健康管理をされてはどうでしょうか。
(https://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/03safety/health.html)
②実践できる取り組み例
ア 乗務前について
(ア)点呼の方法
運行管理者がドライバーを目視せずに点呼記録簿だけに目をやって点呼をしている例があるようですが,ドライバーを実際に見て健康状態を確認するべきです。
乗務前点呼では,ドライバーの顔を直視して顔色を確認し,当日の運行の注意事項を読み上げてもらう等してその声を確認することも重要です。このことによって声がかすれる等の症状から健康状態の悪化を把握することが可能になります。
点呼の際に睡眠時間を確認することも有効です。前日の睡眠時間が4時間を切ると居眠り事故が発生する可能性がかなり上がるという統計もあるからです。
また,運行が長時間に及ぶ場合には,点呼の際に休憩時間,休憩場所(サービスエリア,パーキングエリア等)を具体的に指示して,ドライバーが休憩をとりやすい環境を作るとより有効だと思います。
(イ)乗務前における乗務中止について
点呼を行った際に以下のような症状がドライバーに見受けられる場合には直ちに乗務を中止させなくてはいけません。
国交省 事業用自動車の運転者の健康管理マニュアルより引用
また,以下のような状態をチェックして,症状がある場合には平時での状態との比較で総合的に乗務可否を判断してください。
(1)熱はないか。 (2)疲れを感じないか。 (3)気分が悪くないか。 (4)腹痛,吐き気,下痢などないか。 (5)眠気を感じないか。 (6)怪我などで痛みを我慢していないか。 (7)運転に悪影響を及ぼす薬を服用していないか。 (8)その他健康状態に関して何か気になることはないか。 |
これらの事項については乗務前点呼にかかわらず,ドライバー自身が常に確認しておくことが望ましいですね。
第4 行政処分のリスク
1 ドライバー自身の免許
まずドライバー自身が持っている運転免許についての行政処分が考えられます。免許停止・免許取消しなどの処分を受けるとそのドライバーに車両を運行させることができなくなりますので,これ自体も重大な損失になります。
2 運送会社に対する行政処分のリスク
ドライバーが起こした交通事故をきっかけに運送会社が本来,守るべき法令や通達・基準を満たしていないことが判明することがあります。
これは運送会社に対する監査,特に全般的な法令遵守状況を確認する特別監査が行われるきっかけになる可能性があります。
もちろん,監査をされても特に問題のない運送会社も多いと思いますが,何らかの事情で一時的に法令が遵守できていない状態にあることもあり得ますし,監査が行われた結果,行政処分を受けるリスクがあります。
なお,貨物自動車運送事業者に対する監査とその結果,処分された件数の統計データは以下のとおりです。
許可の取消にまで至った件数こそ少ないものの車両の使用停止処分についてはかなり多いですね。車両の使用停止は運行できる車両の数の減少につながり運行計画に多大な支障を来しかねません。
なお,貨物自動車運送事業者に対し行政処分等を行うべき違反行為及び日車数等について国交省が公表していますのでリンクを貼っておきます。
https://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/03punishment/data/transmittal_k108.pdf
また,交通事故をきっかけに過積載の事実が判明することもあり,これは初めての違反でも車両停止処分になり,再違反については車両停止期間が延長されます。
そして3回目の場合は輸送の安全確保命令を併せて発動され,4回目以降はさらに特別監査が行われ,事業の許可の取消し等の厳しい処分につながる可能性がありますので,指摘しておきます。
法令が遵守されていない場合の評価には違反点数制度が設けられており,違反点数は営業所に対して付され,運輸局単位で累計します。累積期間は原則として3年です。この間に違反点数が累積すると,事業の許可の取消しや事業の停止,違反事業者の公表などの厳しい処分が適用されることになります。
なお,以下の営業所については,仮に違反点数が付与されても,その後2年間無事故無違反であれば点数が消去されます。
1.処分日以前の2年間,点数付与がない営業所
2.安全性優良事業所
また,運行管理者の業務についての法令違反が発覚した場合,運行管理者資格者証の返納命令が発令され,資格が取り消されることになりますので,この点も注意が必要です。
第5 それ以外のリスク
交通事故が重大なものであると報道などによって広く知られることとなり,運送会社のイメージは低下し,運送依頼の減少につながることがあるのはもちろん,継続的な荷主との取引を失うという深刻な経済的ダメージを受けることもあり得ます。
第6 最後に
運送会社が事業を行っている以上,交通事故が起きるリスクは避けられませんが,普段から各種の法令を遵守して事業を行っていないと交通事故がきっかけとなって事業に深刻なダメージを与える行政処分を受けるリスクがあります。つきまして普段からコンプライアンス経営を心掛けていただけると幸いです。
☆当事務所においては,これまでも労務管理を中心とする中小企業の顧問業務,宅建業や不動産取引にかかわる紛争の解決に注力して参りましたが,今後は流通・運送業界の法律問題の解決,顧問業務にも力を入れて取り組むことになりました。
このブログにおいても有益な情報発信ができるよう努力して参りますので,よろしくお願いいたします!
執筆者 弁護士 浜田 諭
当事務所が提供できるサポート
労働時間管理について最新の法改正に基き,運送業を経営されている皆様の会社の実情に応じた労働時間管理について一緒に考えて立案し,それを実行するお手伝いをいたします。就業規則の改訂などのハード面のアドバイスと実際に存在している制度をどのように機能させるのかというソフト面でのアドバイスも提供いたします。これは顧問契約を前提としたサービスとなります。
また,現在,労働時間管理にお悩みの運送業の皆様からの個別の相談にも対応しております。このようなサービスに興味をお持ちの運送業の経営者の皆様からのお問い合わせをお待ちしております。
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