【コラム】パワハラの防止を事業主に義務付ける改正法の施行を受けて①
浜ちゃんが企業コンプライアンスについて取り組んでいるとの噂を聞き,相談に来られたU社のY社長,今回は
パワハラ防止対策が法制化されたことを受けて相談されています。
浜ちゃん先生
「前回は従業員の解雇についてのお話しでしたね。今回はどのような相談ですか?」
Y社長
「現在,生じている問題ではないのですが,パワハラについて事業主の方に対策義務を定める法律が出来たと聞きました。その内容について教えてください。」
浜ちゃん先生
「その法律は労働施策総合推進法のことです。この法律が改正されて職場におけるパワー―ハラスメント防止のために,雇用管理上必要な措置を講じることが事業主の義務とされました。」
Y社長
「具体的にどのような義務が定められたのですか?」
浜ちゃん先生
「パワハラに関する相談体制の整備をする義務が課されています。パワハラによって労働者の就業環境が害されることのないよう,労働者からの相談に応じて,適切に対応するために必要な体制の整備等をしなくてはならず(法30条の2 第1項),その中に労働者からの相談体制の整備が含まれます。」
Y社長
「そうなんですねぇ。話が前後して申し訳ないのですが,パワーハラスメントについてはどのように定義づけられているのですか?」
浜ちゃん先生
「良い質問です。パワーハラスメントとは
①優越的な関係を背景とした
②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により
③就業環境を害すること
を指し,適正な範囲の業務指示や指導についてはパワハラに当たらないとされています。」
Y社長
「そうなんですね。基準が抽象的でどこまでが業務上の指導で,どこからパワハラになるのかが分かりませんね。」
浜ちゃん先生
「その通りです。パワハラというのは評価を伴う言葉ですし,定義の中でも「業務上必要かつ相当な範囲」というものは特に評価が難しいですね。役員や従業員の特定の行為がパワハラに当たるかどうかについては個別にご相談いただけると幸いです。」
Y社長
「わかりました。先ほどの続きなのですが,会社はパワハラの相談体制を整備さえすればよいんですか?」
浜ちゃん先生
「他にもパワハラ防止についての社内方針を明確にして,従業員に周知・啓発を
図る必要があるとされています。」
Y社長
「そうですか。他に事業主に課せられたものがあれば教えてください。」
浜ちゃん先生
「労働者がパワハラに関して相談を行ったことや事業主による相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として,その労働者に対して解雇その他の不利益な取り扱いをしてはなりません(法30条の2第2項)。」
Y社長
「なるほど,それ自体は当たり前のことのようですが,法律で定められたことに意味があるという理解でいいですか?」
浜ちゃん先生
「そういう理解で大丈夫です。この法律を受けて厚生労働省からガイドラインが公表されたのですが,ご存知ですか?」
Y社長
「知りませんでした。内容について教えてください。」
浜ちゃん先生
「内容にボリュームがあるので今回は事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発についてガイドラインがどのように示しているのかについてお話しします。このガイドラインの正式名称は事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針というのですが・・」
Y社長
「長い名称ですねぇ。」
浜ちゃん先生
「そうですね。とりあえず,この指針のことをガイドラインと言っていきましょう。
ここで質問なのですが,社内でのパワハラを防止するため労働者に何を理解してもらう必要があると思いますか?」
Y社長
「何がパワハラにあたるかでしょうか?」
浜ちゃん先生
「確かにそれも重要ですね。しかし何がパワハラにあたるかを知っていたとしても,その発生原因や背景について理解してもらっていないと自分がパワハラの加害者になることを避けられない気がしますが・・」
Y社長
「そうですね。パワハラの発生原因としてどのようなことが考えられるのでしょうか?」
浜ちゃん先生
「色々な原因が考えられると思うのですが,1つには労働者同士のコミュニケーションの希薄化などの職場環境の問題が考えられますよね。」
Y社長
「例えば上司が部下にきちんと説明をせずに一方的な指示を行う場合には,上司は指導のつもりだったと主張するし,部下は上司の行動は指導じゃなくてパワハラだろうと主張するみたいな?」
浜ちゃん先生
「そんな感じです。上司と部下とのコミュニケーションが十分にとれていないからそのような問題が生じるという面はありますよね。そういった根本的な問題を解消していこうというメッセージを出して社内で共有することが必要なのではないかと思います。」
Y社長
「それでは具体的にどのような形で周知・啓発を図っていけばよいのでしょうか?」
浜ちゃん先生
「就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書において,職場におけるパワーハラスメントを行ってはならない旨を規定してください。」
Y社長
「それだけでは不十分ですよね?」
浜ちゃん先生
「その通りです。規定と併せて,職場におけるパワーハラスメントの内容及びその発生原因や背景を労働者に周知・啓発する必要がありますね。」
Y社長
「何がパワハラに当たるのかという具体例を示すと分かりやすいと思うのですが,先のガイドラインに具体例が書いてあるのですか?」
浜ちゃん先生
「ガイドラインには何がパワハラに該当するか,何が該当しないかの具体例も記載していますので,ご参照ください→https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf」
Y社長
「労働者への周知・啓発の方法ですが,他にどのようなものが考えられますか?」
浜ちゃん先生
「社内報,パンフレット,社内ホームページ等に記載したり,配布したりという方法もありますね。」
Y社長
「役員や社員向けに研修を行うという方法はどうですか?」
浜ちゃん先生
「いいですね。ガイドラインにも労働者に対して研修,講習等を実施するという方法が提示されていますよ。」
Y社長
「他に周知・啓発すべきことはありますか?」
浜ちゃん先生
「パワーハラスメントはこういうものですよ,原因はこういうことですよと示すだけではなく,職場においてパワーハラスメントと評価できる言動を行った者については厳しく対処する旨の方針及び対処の内容を就業規則その他の服務規律等を定めた文書に規定し,管理監督者を含む労働者に周知・啓発することが必要です。」
Y社長
「パワハラを抑止するためにパワハラを行った者に対して厳しく対処する旨の会社のメッセージを発信するということですね?」
浜ちゃん先生
「そうですね。就業規則等に職場においてパワーハラスメントにあたる言動を行った者に対する懲戒規定を定めて,その内容を労働者に周知・啓発することが必要ですね。」
Y社長
「それだけで十分ですか?」
浜ちゃん先生
「懲戒規定の存在を周知・啓発するだけではなく,職場においてパワーハラスメントにあたる言動を行った者に懲戒規定が適用されること,すなわち懲戒処分を科す可能性があることを労働者に周知・啓発する必要がありますね。」
Y社長
「パワハラにあたる言動を行ったと評価されると懲戒処分が下されるかもしれないという不安がパワハラの抑止につながるということでしょうか?」
浜ちゃん先生
「そうですね。ただ,パワハラに当たるかもしれないとの不安から業務上必要な指導等が出来なくなるという事態が生じると会社の業務に支障を来します。
パワハラに当たる行為の周知・啓発,パワハラの発生原因等の周知・啓発もきちんと行い,懲戒規定の存在・その適用の可能性の周知・啓発が,日常の業務上の指導への萎縮というマイナスの効果につながらないようにする必要があると思います。」
Y社長
「そうそう,大事なことを聞くのを忘れていました。事業主にパワハラの防止義務を課す法律の施行はいつですか?」
浜ちゃん先生
「大企業は今年の6月1日,中小企業は2022年4月1日の施行になります。」
Y社長
「了解しました。本日はありがとうございました。」
浜ちゃん先生
「いえいえ,お疲れ様でした。」
今回触れたパワハラの点に限らず,きちんと労働基準法等の法令を遵守するコンプライアンス経営が会社経営の安定につながるケースが多いと思います。
中小企業がコンプライアンス経営を行っていくにあたって顧問弁護士を委任して日頃から相談をできる体制を作るのも有益ではないかと思われます。
コンプライアンスを重視した経営に興味をお持ちの事業者の皆様,お気軽にご相談ください。
執筆者
日本弁護士連合会 弁護士業務改革委員会
企業コンプライアンス推進プロジェクトチーム副座長 弁護士 浜田 諭
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