「トラック運送業における労務管理」その28-裁判所における労働時間の認定とそれを踏まえた運送業の労働時間管理 –

 前回は運送業界における労働時間管理をするにあたって押さえておきたい基礎知識を取り上げました。

 今回は裁判所における労働時間の認定方法とそれを踏まえた運送業界における労働時間管理について取り上げてみようと思います。

 未払い残業代請求をめぐる紛争は対岸の火事ではなく,裁判になることも決して珍しくありません。

 そして,裁判においては,いつからいつまでが労働時間なのかが争点となるケースもあります。このような裁判では,裁判所が労働時間をどのような方法・枠組みで認定していっているのかを知っておくと,日頃の労働時間の管理にも役立ちます。裁判所における労働時間の認定方法から入っていきましょう!

 なお,今回お話しする内容は以下の目次のとおりです。

 

目 次

1 裁判所の労働時間認定方法

(1)タイムカード至上主義

(2)労働者側の行動を基準として認定するケース

(3)タイムカード以外の認定資料

(4)間接事実による「推認」による事実認定

2 貨物運送業独自の事実認定の問題

(1)タコグラフの活用について

(2)タコグラフを労働時間認定に応用する

(3)デジタコの限界と日報等による補充

(4)残業時間の認識のすり合わせと書面化

3 裁判所が用いる事実認定のプロセス

(1)原則

(2)例外について述べる裁判例

4 黙示の指揮命令

5 次回コラムの予定

 

  それでは早速内容に入っていきましょう!

 

1 裁判所の労働時間認定方法

(1)タイムカード至上主義

 

 

 裁判所は,時間外労働の状況に争いがある場合には,原則としてタイムカードに打刻されている時刻をもって労働時間を認定する傾向にあります。かつては,使用者側の反証を踏まえて,タイムカードの打刻・記載時刻をもって労働時間を認定できないと判断した裁判例も出ていました(北陽電機事件 大阪地判平元.4.20 労判539号44頁)。タイムカードの労働時間推認力を低く評価していた時期があったということです。

 しかし最近の裁判例においては労働者側がタイムカード,パソコンのログ記録あるいは本人の日記等をもって一応の立証を行った場合,会社側に労働時間性を否定する反証を求め,その反証が有効かつ適切なものでなければ,労働者側の主張を認める裁判実務が定着しているといわれています。

 これは労働事件を専ら使用者側で担当している私の実感とも一致しています。

 

(2)労働者側の行動を基準として認定するケース

 喫茶店において1人で稼働していた労働者の労働時間を認定するにあたってその喫茶店の開閉店時刻を基準とし,これに準備時間を加えて算定した裁判例もあります(三栄珈琲事件 大阪地判平3.2.26 労判586号80頁)。

 また金融機関についてですが,金庫の開扉等の時刻を基準として労働時間を認定した裁判例もあります(京都銀行事件 大阪高判平13.6.28 労判811号5頁)。

 

(3)タイムカード以外の認定資料

 ① 日報類

 

 ② 機械的なデータ

 ア パソコンのログデータ(ログイン・ログアウトの時間)

 イ POSシステムに入力された出退勤時刻

 

 大阪エムケイ事件(大阪地判平成21.9.24 労判994号20頁)では同社においてPOSシステムでの車両管理が行われていました。

 この判決では「このPOSシステムにおいては,営業日報における記録等と異なり機械的に出庫時間,入庫時間,実車時刻等が記録されるものであるから,切な設定,運用がなされている限り,この記録には高い信用性が認められる・・」とする一方で,

 

 10分間車両が空車で停車していると自動的に休憩時間と判断し,溯って休憩時間に加えることとされていた」ことを踏まえて,「被告のタクシー乗務員は,流し営業だけではなく無線配車や待機場所における客待ち営業も行っていたのであるから,10分間空車で停止しているからといって,その期間中,タクシー乗務員が労働から完全に解放されていたといえるものでないことは明らかである。」としてPOSシステムが記録した休憩時間については直ちに信用することはできないとして,休憩時間の認定には用いませんでした

 

 これは客観的な記録であったとしても,その記録の方法などが実情を反映していないものであると評価される場合には記録からそのまま事実を認定しないということを指しています。

 

   ウ トラックに装備されているデジタルタコグラフの記録

   この点については後述します

   。

 ③ メモ類

 労働者が作成したメモ類になります。

 

 ④ シフト表

 勤務に関する予定表ですが,実際の運用がシフト表通りに行われているのか,勤務実態と合致しているのかによって評価は変わってきます。

 

 ⑤ メール

 メールは送信・受信の双方に時刻が明確に記録されますから労働(残業)時間の認定には有益な資料となります。労働者側にとって有利な証拠として機能する場面もありますし,労働者側の言い分の信用性を否定する弾劾証拠として機能する場合もあります。

 

(4)間接事実による「推認」による事実認定

 労働時間を直接裏付ける証拠がない場合であっても,ある事実を推認させる事実(これを「間接事実」といいます。)を積み重ねて実労働時間を認定するケースもあります。

 例えば始業時刻は「勤務リスト」により,終業時刻は,(労働者が閉店時刻後に営業日報の記載を完了し,終業時刻を記入して会社へのFAX送信していた事実があることから)営業日報の最終時刻から求めている原告の主張を認めている裁判例があります(トップ(カレーハウスココ壱番屋店長)事件・大阪地判平19.10.25労判953号27頁)。

 

 

 また,美容院の店長についてですが,営業開始時刻を労務提供の開始時刻とし,終業時刻についてはレジ閉め時刻に15分を加算した時刻を基準時刻として認定した裁判例があります(トムの庭事件・東京地判平21.4.16労判985号42頁)。

 

2 貨物自動車運送業独自の事実認定の問題

(1)タコグラフの活用について

 皆様に説明するまでもないとは思うのですが,タコグラフとは,自動車に搭載される運行記録用の計器の一種で,運行時間中の速度,距離,時間を記録してグラフ化することで車両の稼働状況を把握できるようにした計器のことです。この目的は,記録化された運転者の運行の実態や車両の運行の実態を分析し秩序ある運行の確保に活用することにあります。

 

 より具体的に言いますと,

 ①この分析を通じて速度超過や長時間運転の予防のための適切な指導を行うことができますし

 ②運転者が自分の運転を客観的に捉えて振り返る際の参考にもなります。また

 ③作業報告書と対照することで出庫から入庫まで,所定の休憩時間を確保しているかなどドライバーの動きを確認

  できますので労務管理面でも活用が期待きます。

 なお,ドライブレコーダーとデジタルタコグラフ(以下,「デジタコ」といいます。)の双方の導入によって事故防止や省エネにつなげている運送会社も珍しくないと思います。

 

(2)タコグラフを労働時間認定に応用する

 先ほど述べました通り,タコグラフはもともとは労働時間を管理するためのものではありませんが,実際には労働時間の管理・認定の手段としても活用されている実情があります。

 この点,アナログ式(チャート式)ですと時間の正確な把握が難しい面がありますので,これ以降はデジタコを前提として話を進めていこうと思います。

 

(3)デジタコの限界と日報等による補充

 デジタコは運行管理の目的で自動車の動き(停止している時間と運動している時間,運動している際の速度等)を機械的に正確に記録しています。しかし,その記録からそのままドライバーの労働時間を認定することはできません

 なぜなら,自動車が停止している間にドライバーが何をしているのか,荷下ろしをしているのか,休憩をしているのか,荷待ちの時間なのか,停止している間は労働していると評価されている状態にないのか(手待ち時間ではないのか)等の分析が必要となるからです。

 この分析にあたって日報や本人の記憶を利用して停止時間を評価しなくてはいけないのですが,この作業を後から長期間分にわたって行うとなると大変な作業になるのは理解していただけるかと思います。

 

(4)残業時間の認識のすり合わせと書面化

 デジタコや日報を用いてドライバーと会社の間で当日の残業時間を確認してそれを書面化しておくと紛争が起きた場合の証拠として有効に機能しますし,こういった書面が残っているという認識がドライバーに生じますので紛争予防にもつながります。

 この点については機会があれば詳細に述べたいと思います。

 

3 裁判所の労働時間認定のプロセス

(1)前回お話したように使用者は労働者の労働時間を適切に把握する義務があり,この点は「労働時間の適切な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」(平成13.4.6基発339号)や労働時間の適正把握ガイドラインにてその方法についても明確にされています。

 これらの中ではタイムカードやICカード等の客観的な記録を基礎として確認・記録することが原則とされているのです。このように使用者には労働時間の把握義務が課されている現状において裁判所はタイムカードの記載の時間→労働時間と認定する傾向にあります。

 この矢印は事実上の推定を意味しています。事実上の推定とは「裁判官が心証を形成する過程で,経験則を利用して,ある事実から他の事実の推認を事実上行うこと」です。この事実上の推定を覆すための反証活動が使用者である会社には要求されます。

 

(2)参考裁判例

 

 この点について参考になる裁判例を紹介します。

 ① オリエンタルモーター事件(東京高判平25.11.21 労判1086号52頁)。

 この裁判例のケースではICカードによる残業時間の認定について,ICカードは施設管理のものであり,その履歴は会社構内における滞留時間を示すものに過ぎないから履歴上の滞留時間をもって直ちに被控訴人(原告)が時間外労働をしていたと認めることはできず,ICカード使用履歴記載の滞留時間に被控訴人が時間外労働をしていたか否かについて検討する必要があるとして,カード記載の滞留時間を労働時間と認定していません

 そもそも未払い残業代請求にかかる訴訟においては時間外労働の立証責任は労働者側にあるわけですから,この判断は使用者側に立つ代理人の立場からすると妥当ではないかと思います。

 

 ② ブロッズ事件(女性グラフィックデザイン従事者による割増賃金請求 東京地判平24.12.27 労判1 

   069号21頁)

 この裁判例では以下のように述べられています。

 「労働時間とは,労働者が使用者の指揮命令下におかれている時間をいい,この労働時間に該当するか否かは,使用者の指揮命令下におかれているか否かにより客観的に定まるところ,使用者には,労働者の労働時間を適正に把握する義務が課されていることからすれば,本件のように使用者がタイムカードによって労働時間を記録,管理していた場合には,タイムカードに記録された時間(以下「タイムカード記録時刻」という。)を基準に出勤の有無及び実労働時間を推定することが相当である

 

 ただし,上記推定は事実上のものであるから,他により客観的かつ合理的な証拠が存在する場合には,当該証拠により出勤の有無及び実労働時間を認定することが相当である。」

 客観的かつ合理的な証拠としてどのようなものが考えられるかという問題もありますが,事実上の推定が覆される場合を指摘するもので重要だと思います。

 

4 黙示の指揮命令

(1)割増賃金の発生要件としての時間外労働

 時間外労働による割増賃金は,労働者が使用者の明示または黙示の指揮命令に従って時間外労働を行ったときに発生します。明示というのは時間外労働を指示しているケースで分かりやすいと思いますが,黙示の指揮命令というものが厄介です。暗黙の了解という言葉は日常生活でも使われるところですが,この黙示の指揮命令が認められるケースを確認しましょう。

 

(2)まずは労働者が就業規則などの定めと異なる出勤をして時間外に就労し,使用者がそれに異議を述べていないケースです。

 城南タクシー事件(徳島地判平8.3.29 労判702号64頁)はタクシードライバーの出退社時刻が会社の定めたとおりでなかったものの,会社がこれを拒否しておらず,むしろ会社が配車指示をすることで自らが定めた出退社させなかったとして黙示の指揮命令に従った時間外労働を認定しています

 

(3)次に,業務量が所定労働時間内に処理できないほど多く,時間外労働が常態化している場合です。

 千里山生活協同組合事件(大阪地判平11.5.31労判772号60頁)は「被告の指示による予定されていた業務量が就業時間内にこなすことができないほどものであり,そのために右各業務を担当した原告らが時間外労働に従事せざるを得ない状況にあった」と判断しており,黙示の指揮命令があったと評価していると言えます。

 他にもリンガラマ・エグゼクティブ・ラングェージ・サービス事件(東京地判平11.7.13労判770号120頁)もこの類型に該当する判断を示しています。

 

(4)時間外労働への従事について,事前の所属長の承認が必要とすする就業規則を置いた場合

 このような就業規則を置けば事前の承認を得ていない→指揮命令下にない→時間外労働と評価されない→割増賃金は発生しないと考える経営者がおられるようです。しかし,このような就業規則を置くだけでは不十分です。

 昭和観光事件(大阪地判平18.10.6労判930号43頁)は,このような就業規則の規定がおかれているケースについて,不当な時間外手当の支払いがされないようにするための工夫を定めたものにすぎず,業務命令に基づいて実際に時間外労働をした場合であっても,事前の承認がない時には時間外手当の請求権が失われる旨を意味するとは解されないと判断しています。

 

(5)残業禁止命令を出した場合

 使用者が明示的に残業を禁止した後に行われた時間外労働については,労働時間としての性格自体が否定され,割増賃金が発生しないとされています。この点については,同様の判断をした裁判例(神代学園ミューズ音楽院事件・東京高判平17・3・30労判905号72頁)もあります。

 

5 次回コラムの予定

 次回は,トラックドライバーの労働時間について判断した裁判例をご紹介し,長時間労働を防ぐ工夫等について解説しようと思います。

 

☆当事務所においては,これまでも労務管理を中心とする中小企業の顧問業務,宅建業や不動産取引にかかわる紛争の解決に注力して参りましたが,今後は流通・運送業界の法律問題の解決,顧問業務にも力を入れて取り組むことになりました。

このブログにおいても有益な情報発信ができるよう努力して参りますので,よろしくお願いいたします!

 

執筆者  弁護士 浜田 諭

当事務所が提供できるサポート

労働時間管理について最新の法改正に基き,運送業を経営されている皆様の会社の実情に応じた労働時間管理について一緒に考えて立案し,それを実行するお手伝いをいたします。就業規則の改訂などのハード面のアドバイスと実際に存在している制度をどのように機能させるのかというソフト面でのアドバイスも提供いたします。これは顧問契約を前提としたサービスとなります。

また,現在,労働時間管理にお悩みの運送業の皆様からの個別の相談にも対応しております。このようなサービスに興味をお持ちの運送業の経営者の皆様からのお問い合わせをお待ちしております。

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