「トラック運送業における労務管理」その27-運送業における労働時間管理と長時間労働がもたらすリスク-

 厚生労働省の統計によるとトラックドライバーの年間労働時間は,平成30年は全産業平均と比較して,大型トラック運転者で456時間(月38時間)長く,中小型トラック運転者で444時間(月37時間)長いという結果が出ています。

 このようにトラック運転者の労働時間が長くなりがちで,そもそも労働時間をどう管理するか,長時間労働を防ぐ手段はないか,長時間労働の場合に残業代をきちんと支払いきるような賃金の支払い方法は何か等を考える必要があります。

 今回は運送業界において労働時間管理をするにあたって押さえておきたい基礎知識についてお話ししていこうと思います。

 なお,今回お話しする内容は以下の目次のとおりです。

 

目 次

1 労働時間とは何か

(1)労働基準法上の労働時間

(2)労働契約上の労働時間

(3)労働基準法上の労働時間と労働契約上の労働時間の関係

2 労働時間の原則

(1)1週の法定労働時間

(2)1日の法定労働時間

(3)法定労働時間の法的効果

3 休憩時間の原則

4 週休制の原則

5 労働時間・休憩・休日原則の適用除外

6 労働時間の適正把握ガイドライン

7 改善基準のポイント

(1)用語の確認

(2)拘束時間の上限等

(3)休日の取り扱いについて

(4)運転時間の限度

(5)特例

8 次回コラムの予定

 

それでは早速内容に入っていきましょう!

 

1 労働時間とは何か

 

(1)労働基準法上の労働時間

 労働基準法の労働時間とは「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」をいうとされています。裁判例は,それが労働時間がどうかが問題となる時間(例えば,ビル管理人の深夜仮眠時間)が労働時間と評価されるかどうかを労働者が業務に従事しているといえるか,業務従事のための待機中といえるか,それら業務従事またはその待機が使用者の義務付けや指示によるのかを考察して「労働時間」性を判断しているといわれています。

 ちなみに厚生労働省のガイドラインも「労働時間とは,使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい,使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間にあたる」としています。

 

(2)労働契約上の労働時間

 使用者と労働者が労働契約において,賃金の支払義務や労働義務に関して労働時間として取り扱うこととして合意した時間が「労働契約上の労働時間」です。所定労働時間とも呼ばれるものです。

 

(3)労働基準法上の労働時間と労働契約上の労働時間の関係

  所定労働時間内に労働が行われれば,この2つの労働時間は一致しますが,所定始業時刻前の準備行為,所定就業時間後の後始末,所定労働時間外に行われる企業外の研修・教育活動への参加などについては不一致が生じるのではないかが問題になりますし,所定労働時間以外に労働を行っていると評価されると(いわゆる「残業」が生じると),この2つが一致しなくなります

 

2 労働時間の原則

 

(1)1週の法定労働時間

  使用者は,労働者に,1週間に40時間を超えて労働させてはなりません(労働基準法32条1項)。週40時間制といわれるものです。なお週の法定労働時間については,小規模の商業・サービス業に関する特例(労働基準法40条)があり,特別に44時間とされています(労働基準法規則25条の2第1項)。

 

(2)1日の法定労働時間

  使用者は,1週間の各日については,1日について8時間を超えて労働させてはなりません(労基法32条2項)。1日8時間制というものです。

 

(3)法定労働時間の法的効果

 まず,法定労働時間を超えた労働条件は無効となります

 例えば始業午前8時,終業午後6時,休憩時間正午から午後1時の1時間という労働条件は所定労働時間を9時間とするもの(18-8-1=9)であり,最後の1時間の部分が無効となり終業時刻は午後5時に修正されることになります。

 また1日の所定労働時間が8時間以内の事業場において8時間を超えて労働が行われる場合には時間外労働の要件を満たす必要があります。これが前回取り上げた36協定の締結と届出です(労基法36条)。そして,8時間を超える労働時間については割増賃金(労基法37条)を支払わなければなりません。

 実際の労働時間が法定労働時間を超える場合には,時間外労働の要件を満たさない限り,罰則の適用があり,加えて割増賃金の支払い義務が生じるということになります。

 

3 休憩時間の原則

 1日の労働時間が6時間を超える場合は45分以上,8時間を超える場合は1時間以上の休憩時間を,労働時間の途中に一斉に与えなくてはならず(労基法34条1項・2項),休憩時間は労働者の自由に利用させなくてはなりません(労基法34条3項)。

 

4 週休制の原則

 使用者は,労働者に対して,毎週少なくとも1回の休日を与えなくてはなりません(労基法35条1項)。

 

5 労働時間・休憩・休日原則の適用除外

 以下の4つの場合には適用が除外されています。このうち運送業界に関わるのは(2)の管理監督者ですが,この点については改めて後日説明することにいたします。

(1)農業,畜産・水産業に従事する者

(2)管理監督者

(3)監視・断続的労働従事者

(4)高度プロフェッショナル労働制

 以上,労基法上の原則を中心に見てきたのですが,労働時間を把握するのは使用者の責務とされており,その責務の内容は基準・ガイドラインで公表されておりますのでご紹介します。

 

6 労働時間の適正把握ガイドライン

 厚生労働省は「労働時間の適切な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」(平成13年4月6日基発39号)を出して使用者に対して講ずべき措置を明示していたのですが,さらに平成29年1月には「労働時間の適正把握ガイドライン」を公表しています。

 平成13年基準は内部通達でしたが,このガイドラインは使用者向けに作成されたものであり,直接遵守を求めているという違いがあります。なお,ガイドラインの内容は以前の基準とほぼ同じですが,以下のとおりです。

 ガイドラインで追加された項目は(4)賃金台帳の適正な調製,より詳細に記載されるようになったのは(3)の自己申告制による記録を行う場合の措置のところですね。

 

(1)始業・終業時刻の確認・記録

 

(2)(1)の具体的な方法

 ① 使用者が自ら現認することにより確認・記録するか

 ② タイムカードやICカード等の客観的な記録を基礎として確認・記録することを原則としています。

 

(3)自己申告制により始業・終業時刻の確認及び記録を行う場合の措置

  (2)の方法によらずに自己申告制により行わざるを得ない場合は以下の措置を講ずること

 ① 自己申告制の対象となる労働者に対し,本ガイドラインを踏まえ,労働時間の実態を正しく記録し,適正に自己申告を行うことなどについて十分な説明を行うこと

 ② 実際に労働時間を管理する者に対して,自己申告制の適正な運用を含め,本ガイドラインに従い講ずべき措置について十分な説明を行うこと

  自己申告による把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているのか否かについて,必要に応じて実態調査を実施し,所要の労働時間の補正をすること

 特に,入退場記録やパソコンの使用時間の記録など,事業場内にいた時間の分かるデータを有している場合に,労働者からの自己申告により把握した労働時間と当該データで分かった事業場内にいた労働時間との間に著しい乖離が生じているときには,実態調査を実施し,所要の労働時間の補正をすること

 ④ 自己申告した労働時間を超えて事業場内にいる時間について,その理由等を労働者に報告させる場合には,当該報告が適正に行わているかについて確認すること

 その際,休憩や自主的な研修,教育訓練,学習等であるため労働時間ではないと報告されていたとしても,実際には,使用者の指示により業務に従事しているなど使用者の指揮命令下に置かれていたと認められる時間については,労働時間として扱わなければならないこと

 ⑤ 自己申告制は,労働者による適正な申告を前提として成り立つものである。

 このため,使用者は,労働者が自己申告できる時間外労働の時間数に上限を設け,上限を超える申告を認めない等,労働者による労働時間の適正な申告を阻害する措置を講じてはならないこと

 また,時間外労働時間の削減のための社内通達や時間外労働手当の定額払等労働時間に係る事業場の措置が,労働者の労働時間の適正な申告を阻害する要因となっていないかについて確認するとともに,当該要因となっている場合には,改善のための措置を講ずること

 さらに,労働基準法の定める法定労働時間や時間外労働に関する労使協定(いわゆる36協定)による延長することができる時間数を遵守することは当然であるが,実際には延長することができる時間数を超えて労働しているにもかかわらず,記録上これを守っているようにすることが,実際に労働時間を管理する者や労働者等において,慣習的に行われていないかについても確認すること。

 

(4)賃金台帳の適正な調製

 使用者は,労基法108条及び同法施行規則54条により,労働者ごとに労働日数労働時間数休日労働時間数時間外労働時間数深夜労働時間数といった事項を適正に記入しなければなりません。

 

(5)労働時間の記録に関する書類の保存

 保存期間は3年間です。3年間の起算点は,書類ごとに最後の記載がなされた日となります。

 

(6)労働時間を管理する者の職務

 事業場において労務管理を行う部署の責任者は,当該事業場内における労働時間の適正な把握等労働時間管理の適正化に関する事項を管理し,労働時間管理上の問題点の把握及びその解消を図ることここの責任者とは,人事労務担当役員人事労務担当部長などの労務管理を行う部署の責任者を指します。  

 

(7)労働時間等設定改善委員会等の活用

 使用者は,事業場の労働時間管理の状況を踏まえ,必要に応じ労働時間等設定改善委員会等の労使協議組織を活用し,労働時間管理の現状を把握の上,労働時間管理上の問題点及びその解消策等の検討を行うことこのガイドラインに従って労働時間管理を行っていくのが望ましいですね。

 なお,運送業界においては自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(平元・2・9 労告7号)についても遵守しなくてはいけません。私が運行管理者(貨物)の試験(2021.3)を受験したときに最も時間を割いて勉強したのは,この基準回りでした。

 この基準のポイントを一応確認しておきましょう。36協定については前回触れましたので,今回は拘束時間,休息期間,休日,運転時間の部分についてお話しします。

 

7 改善基準のポイント

 

(1)用語の確認

 ① 拘束時間

 始業時刻から終業時刻までの時間で,労働時間と休憩時間(仮眠時間を含む)の合計時間をいいます。

 ② 休息期間

 勤務と次の勤務の間の時間で,睡眠時間を含む労働者の生活時間として,労働者にとって全く自由な時間をいいます。

トラック運転者の労働時間等の改善基準のポイント(厚生労働省労働基準局)

(以下,「ポイント」と略します。)1頁の図より引用

 

(2)拘束時間の上限等

 ① 1箇月の拘束時間

 ア 原則として293時間

 イ 毎月の拘束時間の限度を定める書面による労使協定を締結した場合には,

  1年のうち6箇月までは,1年間の拘束時間が3,516時間(293時間×12箇月)を超えない範囲において,1箇月の拘束時間を320時間まで延長することができます。

  ポイント2頁の図より引用

 ② 1日の拘束時間と休息期間

 ア 1日の拘束時間

   13時間以内を基本とし,延長する場合であっても16時間が上限です。

 イ 休息期間

   継続8時間以上必要です。

  ポイント3頁の図より引用

 ③ 1週間における1日の拘束時間延長の回数の限度

 1日の拘束時間を原則13時間から延長する場合であっても,15時間を超える回数は1週間につき2回が限度です。このため,休息期間が9時間未満となる回数も1週間につき2回が限度となります。

  

ポイント4頁の図より引用

  ポイント5頁の図より引用

 ④ 休息期間の取り扱いについて

 運転者の住所地での休息期間が,それ以外での場所での休息期間より長くなるよう努めなくてはなりません。

 

(3)休日の取り扱いについて

 休日は,休息期間+24時間の連続した時間をいいます。ただし,いかなる場合であっても,この時間が30時間を下回ってはならないとされています。休息期間は原則として8時間確保されなければならないので,休日は,

休息期間8時間+24時間=32時間」以上の連続した時間となります。

   ポイント5頁の図より引用

 なお,隔日勤務の場合は,20時間以上の休息期間が確保されなければならないので,休日は「休息期間20時間+24時間=44時間」以上の連続した時間となります。

 

(4)運転時間の限度

 ① 1日の運転時間

 2日(始業時刻から48時間をいいます。以下同じ)平均で9時間が限度です。1日当たり運転時間の計算に当たっては,特定の日を起算日として2日ごとに区切り,その2日間の平均とすることが望ましいとされますが,この特定日の最大運転時間が改善基準告示に違反するか否かは

(特定日の前日の運転時間)+(特定日の運転時間)    と

          2

(特定日の運転時間)+(特定日の翌日の運転時間)

          2

がともに9時間を超える場合には改善基準告示に違反し,そうでない場合は違反となりません。

 ポイント6頁の図より引用

 

② 1週間の運転時間

   2週間ごとの平均で44時間が限度です。

 ポイント6頁の図より引用

 

 ③ 連続運転時間

 4時間が限度です。運転開始後4時間以内又は4時間経過直後に運転を中断して30分以上の休憩等を確保しなくてはいけません。

 ポイント6頁の図より引用

 ただし,運転開始後4時間以内又は4時間経過直後に運転を中断する場合の休憩等については,少なくとも1回につき10分以上としたうえで分割することも可能です。

 ポイント7頁の図より引用

 

(5)特例

 この基準には以下の4つの特例が設けられています。特例の詳細については過去のコラムで説明しておりますので,そちらをご覧いただけると幸いです。

 ① 休息期間分割の特例

 ② 2人乗務の特例

 ③ 隔日勤務の特例

 ④ フェリーに乗船する場合の特例

 

8 次回コラムの予定

 次回は,これらの法令,基準,ガイドラインの遵守が求められている運送業界において労働時間をどのように管理していくべきかを裁判例の労働時間認定方法に触れながら解説していこうと思います、

 

 

☆当事務所においては,これまでも労務管理を中心とする中小企業の顧問業務,宅建業や不動産取引にかかわる紛争の解決に注力して参りましたが,

今後は流通・運送業界の法律問題の解決,顧問業務にも力を入れて取り組むことになりました。このブログにおいても有益な情報発信ができるよう努力して参りますので,よろしくお願いいたします!

 

執筆者  弁護士 浜田 諭

当事務所が提供できるサポート

労働時間管理について最新の法改正に基き,運送業を経営されている皆様の会社の実情に応じた労働時間管理について一緒に考えて立案し,それを実行するお手伝いをいたします。就業規則の改訂などのハード面のアドバイスと実際に存在している制度をどのように機能させるのかというソフト面でのアドバイスも提供いたします。これは顧問契約を前提としたサービスとなります。

また,現在,労働時間管理にお悩みの運送業の皆様からの個別の相談にも対応しております。このようなサービスに興味をお持ちの運送業の経営者の皆様からのお問い合わせをお待ちしております。

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