「トラック運送業における労務管理」その26-運送業界においても押さえておきたい36協定の基礎知識-
2021年4月1日からトラックドライバーなどの自動車運転者にも36協定における年間の時間外・休日労働の上限規制が適用されることになります。1年間の上限時間は960時間(=月平均80時間)となります。
運送業界においてはドライバーの残業の発生は避けられず,この上限規制の適用を心配されている経営者の方も多いのではないでしょうか。今回は,そもそも36協定とは何なのかというところから説明していこうと思います。なお,今回お話しする内容は以下の目次のとおりです。
目 次
それでは早速内容に入っていきましょう!
1 36協定とは何か
使用者は,事業場において労使(労働者側と使用者側)の労使協定を締結し,それを行政官庁に届け出た場合は,その協定が定めるところによって労働時間を延長し,または休日に労働させることができます(労働基準法36条)。
この協定がないと時間外労働や休日労働をさせることができないのです。時間外・休日労働を適法化する事業場の労使協定のことを定める労働基準法の条文が「36条」であることから36協定と呼ばれているのです。
2 36協定を締結する当事者は誰か
労働基準法36条は「使用者」と事業場の労働者の過半数を組織する労働組合または労働者の過半数を代表する者(過半数代表者)との間で締結されるものと規定しています。
「使用者」とは「事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について,事業主のために・・行為をする者」(労基法10条),すなわち当該事業場において時間外・休日労働のあり方に責任を負っている管理者のことを指します。中小企業における社長自身,個人事業における事業主はもちろん,人事担当の役員や人事の責任者も含まれることになりますね。
3 36協定の記載事項
それでは36協定には何を記載しなくてはいけないでしょうか。労働基準法36条2項によると以下の事項を記載しなくてはならないとされています。
① 時間外・休日労働をさせる対象労働者の範囲
② 対象期間(1年間に限る)
③ 時間外労働または休日労働をさせることができる場合
④ 対象期間における1日,1ヵ月および1年の各期間についての事件外労働をさせることができる時間数または休
日労働をさせることができる日数
⑤ 労働時間の延長及び休日の労働を適正なものとするために必要な事項として厚生労働省令で定める事項
(例 協定の有効期間 等)
4 36協定の届出について
36協定は労働基準監督署長への届出が必要とされています。届け出る必要があるのは,36協定それ自体ではなく,様式第9号です。
この様式第9号に所要の事項を記載し,これに労働者代表の押印をすれば,この様式自体が36協定になるとされています。
5 36協定の効力
(1)免罰効
労働基準法に定める1日8時間・1週40時間・週休制の基準を超える労働をさせた場合には刑事罰を受ける可能性がありますが,労使協定の締結・届出によってこの刑事罰を免れることができます。これを免罰効と呼びます。
(2)時間外・休日労働義務の発生の要件
36協定を締結・届け出自体には個々の労働者に対して協定で定められた時間外・休日労働を義務付けることはできませんが,労働協約又は就業規則において業務上の必要があるときは36協定の範囲内で時間外・休日労働を命じうる旨が明確に定められている限りは雇用契約上,36協定の枠内でその命令に従う義務が生じるとされています。36協定は時間外・休日労働を社員に命じる必要条件ですが,十分条件ではないということですね。
6 時間外労働の上限規制の背景
企業における長時間労働や違法残業の蔓延と過労死・過労自殺についての労災認知の増加の中で,長時間労働対策が進められるようになり,2015年12月に大手企業における過労自殺が大きく報道されて,長時間労働への批判が高まりました。
こういった世論の動きを受けて2016年9月に設置された働き方改革実現会議で,いわゆる「働き方改革」の一環として時間外労働の罰則付き上限設定が検討され,翌2017年3月28日の「働き方改革実行計画」でその骨格が決定されました。
そして2018年6月成立の働き方改革関連法によって長時間労働の是正のための労基法改正が行われて,時間外労働(時間外労働+休日労働)の罰則付き上限規制が初めて導入されたものです。
なお,この規制について建設事業,自動車運転者,医師などついて5年間の適用猶予が行われています。自動車運転者を雇用する運送業界の方は,この適用猶予が終わる時期を見据えた対応が必要になります。
7 上限規制の内容
この上限ですが,36協定で定める時間の上限として,原則的な「限度時間」と特別協定を設ける場合の上限時間として規定されました(労働基準法36条4項・5項),さらに時間外労働(時間外労働+休日労働)の時間それ自体についての上限も設けられています(労働基準法36条6項)。
そして,これらの36協定の原則的な限度時間,特別協定用の上限,時間外労働それ自体の上限の違反については,いずれも罰則が適用されます(労働基準法119条)。その内容は6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処するというものです。
原則的な「限度時間」は1ヵ月につき45時間,1年につき360時間です(労基法36条4項)。これが時間外労働の原則的な上限といえるでしょう。
また36協定においては,通常予見できない業務量の大幅な増加等に伴い,臨時的に「限度時間」を超えた時間外労働の必要性がある場合について,1ヵ月についての時間外労働および休日労働の時間数(100時間未満),1年についての時間外労働の時間数(720時間を超えない範囲)を定めることができ,この場合に1ヶ月45時間の限度時間を超えることができる月数は1年について6か月以内に限り,この月数を36協定に定めなければならないとしたのです。端的に言いますと特別協定による時間外労働は,その上限が
①1ヶ月100時間未満(休日労働を含む)
②1年720時間 と設定されていることになりますし,
③1ヶ月45時間の限度時間を超えてよいのは6か月以内 ということになります。この上限のうち①については
労災補償における過労死認定基準を参考にしたものです。
8 特別協定の記載事項
①限度時間を超えて労働させることができる場合
②限度時間を超えて労働させる労働者に対する健康および福祉を確保するための措置
③限度時間を超えた労働に係る割増賃金の率
④限度時間を超えて労働させる場合の手続 を定めなければなりません。
9 特別協定の届出について
36協定とは別個の様式第9号の2によるべきものとされています。
10 36協定による時間外労働の実時間数の上限
2018年の改正労基法はさらに,
①坑内労働その他労基則で定める健康上特に有害な業務(有害業務)についての時間外労働は1日につき2時間を
超えないこと
②1ヵ月の時間外労働と休日労働の合計は100時間未満とすること
③対象期間(1年)の初日から1ヵ月ごとに区分した各期間に当該各期間の直前の1,2,3,4または5ヶ月目
の期間を加えた期間(複数月)のそれぞれにおいて,時間外労働および休日労働の合計を1ヶ月平均で80時間
以内とすること
という要件を満たすものでなければならないと規定されています。(労基法36条6項1号~3号)
以下に参考のため,厚労省等が作成した時間外労働の上限規制わかりやすい解説内の図を2つ引用します。
11 時間外労働の上限規制の適用猶予とその終了時期
建設事業,自動車運転者,医師などについて5年間の適用猶予が行われています。ここでは運送業界の方が興味をお持ちであろう自動車運転者について触れていこうと思います。
一般乗用旅客自動車運送事業,貨物自動車運送事業その他労働基準法規則(69条2項)で定める自動車の運転業務については,2024年3月31日までの間は
①36協定で定めるべき時間外・休日労働の単位機関である「1ヵ月」は「1ヶ月を超え3ヶ月以内の当該協定で
定める期間」でよく
②36協定の限度時間
③特別協定用の上限
④時間外労働の実労働時間の上限(有害業務に関するものを除く) は適用を猶予されます。
12 自動車運転者について猶予期間終了後の取り扱い
②における1ヵ月100時間という上限および1ヵ月45時間を超えうる月数6ヶ月以内という制限は適用されません。また1年間の上限720時間は960時間(=月平均80時間)とされます。さらに,10の③で述べた複数月の平均80時間の上限は適用されません。
このように猶予期間満了後について,トラックドライバー等の自動車運転者に適用される上限規制は通常の労働者よりも緩くなっていますが,この内容であったとしても運送業界の皆様にとっては遵守するのが難しい実情があるのではないでしょうか。
なお,自動車運転者については,その労働の特殊性から「自動車運転者の労働宇時間等の改善のための基準」が設けられていることは運送業者の皆様がご存じのとおりです。この基準については猶予期間満了後も引き続き遵守していただくようお願いいたします。
☆当事務所においては,これまでも労務管理を中心とする中小企業の顧問業務,宅建業や不動産取引にかかわる紛争
の解決に注力して参りましたが,今後は流通・運送業界の法律問題の解決,顧問業務にも力を入れて取り組むこと
になりました。
このブログにおいても有益な情報発信ができるよう努力して参りますので,よろしくお願いいたします!
執筆者 弁護士 浜田 諭
- 従業員のセクハラ問題|会社の責任について弁護士が解説
- 弁護士が解説!債権回収の時効 ~権利が消滅する前に知っておくべきこと~
- 問題社員を解雇するための手順とは?解雇をするための要件やポイントを解説
- 問題社員の放置は危険!企業が抱えるリスクと対応すべき事項を解説
- 従業員の競業避止について企業が対応すべきこと
- 【中小企業向け】人事担当者、会社経営者必見!違法にならない退職勧奨とは
- 契約書の内容を変更するには?中小企業様必見!弁護士解説コラム
- 未払い残業代を労働者から請求されたらどうするべき?
- 【中小企業向け】時間外労働が月に60時間超で割増賃金率が引き上げに!経営者が求められる対応とは
- ハラスメント発生時において企業が求められる対応とは