「トラック運送業における労務管理」その23-退職勧奨の違法性が認められ慰謝料の支払義務が生じるケースについて-
浜ちゃんが最近,物流業界に興味を持っているとの噂を聞き,相談に来られた運送会社S社のK社長,
今回もトラック運送業における労務管理について浜ちゃんに相談しています。
1 退職勧奨の違法性を認めて会社に慰謝料の支払いを命じた裁判例
K社長
「当社においてもドライバーや内勤の職員に退職勧奨をすることがあるのですが,
最近,上司の部下に対する退職勧奨の違法性が認められて慰謝料を支払わなくてはいけないとの判決が出たそうで
すね。」
浜ちゃん先生
「横浜地裁令和2年3月24日判決(判例時報 2481号75頁)のことですね。」
K社長
「この事案において上司の退職勧奨のどのような点に違法性が認められたのでしょうか?」
浜ちゃん先生
「部下が明確に退職を拒否した後も,複数回の面談の場で行われていること,
各面談における勧奨の態様自体も相当程度執拗であること,
部下の自尊心を殊更傷つけ困惑させる言動に及んでいることを評価の根拠としているようです。」
K社長
「この事例における会社の上司の対応がアウトですので,これを反面教師にするといいんですよね?」
浜ちゃん先生
「そうですね。この裁判例ももちろん重要なのですが,
良い機会ですので今回は退職勧奨の留意点等について考えていきましょう。」
2 退職勧奨が違法と評価されるかどうかの判断要素
浜ちゃん先生
「そもそも退職勧奨って何ですか?」
K社長
「社員に退職を勧めることですよね。」
浜ちゃん先生
「そのとおりです。法的には会社が社員に対して合意退職の申し込みをしている,
または社員から合意退職の申し込みをするよう促している(申込みの誘因)と評価される行為になりますね。」
K社長
「退職勧奨を受けたからといって社員はそれを受け入れる義務はないですよね?」
浜ちゃん先生
「そのとおりです。社員の方は退職勧奨を受け入れるかどうかを自由に判断することができますし,
退職勧奨に応じる法的義務はないですね。」
K社長
「そうだとすると退職勧奨が問題になることはないような気がするのですが・・」
浜ちゃん先生
「ご指摘のとおり退職勧奨をすること自体は自由ですし,
会社は原則として退職勧奨を適法に行うことができます。」
K社長
「原則であるということは例外があるということですね?」
浜ちゃん先生
「そのとおりです。
退職勧奨の方法やその態様次第では,労働者の自由な意思決定を妨げるものして不法行為と評価されて,
会社が損害賠償責任を負うことがあります。」
K社長
「労働者の自由な意思決定を妨げるような違法な退職勧奨となるかどうかは,
どういった要素で判断すればよいのでしょうか?」
浜ちゃん先生
「基本的に①退職勧奨の回数,②行われた期間,③勧奨を担当した人の言動,④勧奨を行った人の数,
⑤退職者への優遇措置の有無等を総合的に考慮して判断している裁判例が多いですね。
冒頭で紹介した裁判例もその枠組みを採用していると思います。」
K社長
「会社としては裁判例も重要なのですが,
具体的にどのような点に留意すべきかを手っ取り早く知りたいので,ポイントをかいつまんで教えてください。」
3 退職勧奨を行う際の留意点
浜ちゃん先生
「退職勧奨を行う際には多人数は避けること,多数回にわたるのをさけること,
長時間の実施はさけることですね。」
K社長
「この点について具体的な人数などを教えてください。」
浜ちゃん先生
「実施するのは2~3名程度で,1回あたりの勧奨を短時間に区切って行いましょう。
感覚的なものですが,1回あたり1時間を超えると長いと評価されそうです。」
K社長
「実施する際の担当者の態度で注意すべき点は何ですか?」
浜ちゃん先生
「高圧的な態度や人格批判,誹謗中傷にあたるような言動はしないよう注意してください。
こういった言動があると社員が自由な意思で退職するかどうかを判断したと評価されづらくなると
思いますので。」
K社長
「他に注意すべき点があれば教えてください。」
浜ちゃん先生
「退職勧奨をする場合にはきっかけがあると思います。
社員が本来は解雇相当の不祥事を起こした場合,会社が求めている能力が欠けていて改善の見込みがない場合
などきっかけは色々ですよね?」
K社長
「そうですね。」
浜ちゃん先生
「しかし,きっかけがどうあれ退職勧奨をする理由について客観的な事実に基づいて説明するようにしてください。
例えば,こういった不祥事を起こした場合には会社の就業規則上は懲戒処分としてこのようなものが想定される,
解雇相当である,それまでの人事考課がこうで,あなたの能力改善を会社がこのような形で
図ってきたにもかかわらずその結果がでていない状態が何年間続いている等。」
K社長
「この点が不十分だったり不正確だったりする場合にはどういうリスクがあるのですか?」
浜ちゃん先生
「退職勧奨行為が違法と評価されたり,
退職の意思表示に瑕疵があるとして退職が無効となるリスクがありますよ。」
K社長
「最初にご紹介いただいた裁判例では社員が退職を拒否した後も退職勧奨しているという点も違法と
評価される要素になっていると思うのですが,この点についてはどうですか?」
浜ちゃん先生
「鋭いですね。社員が退職しない意思を明確に示した場合には,
それ以降の退職勧奨は本人の意思に反することになりますので,原則として勧奨をやめる方が良いでしょう。」
K社長
「原則・・・ということは例外があるわけですね。例外はどのような場合ですか?」
浜ちゃん先生
「例えば最初の退職勧奨に応じていただけない社員に対して,
次の退職勧奨の際には本来は支給されない早期退職金の支給といった条件を提示するというように,
条件の変更を伴う退職勧奨を行う場合には違法と評価されないでしょう。」
K社長
「最初に退職勧奨をして,しばらくしてから再度退職勧奨をするというのはどうですか?」
浜ちゃん先生
「最初の退職勧奨から一定の期間をおいてあらためて退職についての意向を確認するという程度であれば
問題ないと思います。」
K社長
「他に注意すべき点があれば教えてください。」
浜ちゃん先生
「退職勧奨を行う場合には,その様子を録音しておくのをお勧めします。
いつ,どこで,誰が,どのように説明して,どのような退職勧奨をしたのかについて
客観証拠を残しておくと,労働者から強迫されたので退職の意思表示には瑕疵があると
いった主張に対して有効な反論を裏付けをもって行うことができます。」
K社長
「わかりました。今日はありがとうございました。」
浜ちゃん先生
「いえいえ,お付き合いいただきありがとうございました。お疲れさまでした。」
最後に
☆当事務所においては,これまでも労務管理を中心とする中小企業の顧問業務,
宅建業や不動産取引にかかわる紛争の解決に注力して参りましたが,
今後は流通・運送業界の法律問題の解決,顧問業務にも力を入れて取り組むことになりました。
このブログにおいても有益な情報発信ができるよう努力して参りますので,よろしくお願いいたします!
執筆者 弁護士 浜田 諭
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