運送業における運行管理者から倉庫業務への配転命令の是非を解説
浜ちゃんが最近,物流業界に興味を持っているとの噂を聞き,相談に来られた運送会社S社のK社長,
今回もトラック運送業における労務管理について浜ちゃんに相談しています。
1 運行管理者から倉庫業務への配転
K社長
「当社の社員について配転を検討しているのですが・・・」
浜ちゃん先生
「そういえば貴社にはどのような部門があるんでしたかね?」
K社長
「当社には総務部,倉庫部門,配送担当部門があり,配送担当部門には担当の運行管理者がおります。」
浜ちゃん先生
「配転を検討している社員はどの部門の方ですか?」
K社長
「配送担当部門で運行管理者をしている社員になります。」
浜ちゃん先生
「その社員をどの部門に配転しようとしているんですか?」
K社長
「倉庫部門への配転です。」
浜ちゃん先生
「つい最近,同じような事例で判決が出ておりますのでそれも踏まえて配転できるかどうかを
考えていきましょう。」
2 配転(配置転換)の基礎知識
浜ちゃん先生
「最近の裁判例やそれを前提として本件の結論を考える前に配転の基礎知識を確認していきましょう。」
K社長
「よろしくお願いします。」
浜ちゃん先生
「配転とは,従業員の配置の変更であって,
職務内容または勤務場所が相当の長期間にわたって変更されるものをいいます。」
K社長
「所属部署の変更というイメージでいいですか?」
浜ちゃん先生
「そうですね。同一勤務地(事業所)内の勤務箇所(所属部署)の変更が「配置転換」,
勤務地の変更が「転勤」と称されます。」
K社長
「会社には社員を配転する権利があると思うのですが,この権利の根拠は何ですか?」
浜ちゃん先生
「正社員として社員を雇用するときには長い期間雇用するのを想定していますよね?」
K社長
「そうですね。」
浜ちゃん先生
「長い期間の中では色々な職種,勤務内容,勤務地を経験するのが想定されていて
広範囲の配転が行われていくのが通常だと思います。
こういった長期雇用の労働契約関係においては会社が,人事権の一つとして社員の職務内容や勤務地を決定する
権限すなわち配転命令権を有していることが予定されているんです。」
K社長
「なるほど,そういうことですね。」
浜ちゃん先生
「そして就業規則には「会社は,業務上の必要性がある場合には,従業員に対して配置転換を命じることがある。」
等の規定がおかれているのが通常ですし,貴社の就業規則にもそのような規定があります。」
K社長
「そのような就業規則上の規定ががあれば配転命令について根拠があるということになるわけですね。」
浜ちゃん先生
「そうですね。」
3 配転命令が認められない場合とは?
K社長
「会社に権利があるということになると自由に配転できそうですね?」
浜ちゃん先生
「いいえ,そうではありません。配転命令権には色々と制約があるんです。」
K社長
「どのような制約があるんですか?」
浜ちゃん先生
「まず法令上の制約です。
組合への加入や正当な組合活動を理由として配転命令を下すと不当労働行為として無効になります
(労働組合法7条1号)。
また性別,国籍,社会的身分を理由とする差別的な配転命令も無効になります
(労働基準法,男女雇用機会均等法6条,民法90条)。」
K社長
「法令上の制限以外に制約があるんですか?」
浜ちゃん先生
「労働契約自体による制約です。労働契約において職種や勤務地が限定されている場合には,
その制約を受けます。」
K社長
「例えばドライバーとして採用した方を配車業務に配転するようなことは難しいということになりますか?」
浜ちゃん先生
「労働契約がどのようなものであったのか,
その社員の採用の経緯にもよりますが配転が難しいケースが多いと思います。」
K社長
「勤務地の限定については現地採用の社員のようなイメージですか?」
浜ちゃん先生
「そうですね。一般の採用形態で本社採用の場合には勤務地の限定が認められないケースが多いと思います。」
K社長
「法令上の制約,契約上の制約以外には制約がないんですか?」
浜ちゃん先生
「良い質問ですね。もう1つ重要な制約があるんです。
会社が配転命令権を有していたとしても,その権利の行使が権利濫用にあたる場合には無効となることが
あるんです。」
K社長
「権利の濫用になるのはどのような場合ですか?」
浜ちゃん先生
「1つ目は,そもそも業務上の必要がない場合です。
実務上は不祥事を起こした社員に懲戒処分を下さずに配転命令を下して
事実上処分しているような会社も見かけますが,そもそも業務上の必要がない配転命令は権利濫用であり
無効となる可能性があることをきちんと理解して欲しいですね。」
K社長
「他にどのような場合がありますか?」
浜ちゃん先生
「2つ目は配転が不当な動機や目的によるものである場合です。
嫌がらせ目的や社員を退職に追い込むことを目的とする配転命令は権利濫用となり無効となります。」
K社長
「それでは業務上の必要があり,不当な動機・目的がなければ権利濫用にはならないということでいいですか?」
浜ちゃん先生
「もう1つ考えなくてはいけないことがあります。
配転命令の業務上の必要性とその変更にその社員をあてること(人員選択)の合理性(必要性)に比較して,
その社員の職業上ないし生活上の不利益が不釣り合いに大きい場合には権利濫用となるといわれています
(北海道コカ・コーラボトリング事件・札幌地裁平成9年7月23日判決等)。」
K社長
「もう少し具体的に説明してください。」
浜ちゃん先生
「配転命令に伴う社員の不利益が通常甘受すべき程度のものであれば業務上の必要性として
要求される水準は低くなります。
例えばその人でなくてはいけないという高度の必要性は要求されず,労働力の適正配置,業務の能率増進,
労働者の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化といった理由であったとしても配転命令は
権利濫用と評価されない,すなわち有効と評価されることになります。」
4 運行管理者から倉庫業務への配転命令は有効か
K社長
「それでは当社が予定している運行管理者から倉庫業務への配転命令は有効になるでしょうか?」
浜ちゃん先生
「配転を予定している社員の方を雇用するときに運行管理業務に限定した雇用であること,
すなわち職種の限定の合意はあったのでしょうか?
雇用契約書や労働条件通知書に運行管理業務以外の業務に従事することはないとの定めはありましたか?」
K社長
「そのような定めはありませんし,本人からそのような希望が出たこともありませんでした。」
浜ちゃん先生
「貴社の就業規則には職種を限定した従業員の存在を前提とした規定はありませんし,
業務の必要により職種の変更があり得ることが規定されていますよね?」
K社長
「そうですね。」
浜ちゃん先生
「今回の倉庫業務への配転はどのような理由から行うんですか?」
K社長
「倉庫業務の拡大を進めているのですが,
今回,第2倉庫を建設し倉庫業務に人員を拡充する必要が生じたものです。」
浜ちゃん先生
「どうしてその社員を配転するんですか?」
K社長
「その社員が運行管理の経験を通じて荷物の流れを把握していること,
フォークリフトの資格も有しており,パソコンに関する知識も豊富であること,
黙々と作業を行う適正もあることからです。」
浜ちゃん先生
「そうなんですね。配転を予定している社員の方ですが,中途採用ですよね?」
K社長
「はい。」
浜ちゃん先生
「貴社が雇用する前ですが,どのような職に就いておられたのですか?」
K社長
「複数の運送会社で運行管理者として稼働していたようです。」
浜ちゃん先生
「貴社においても運行管理者として配車業務を行っておられたんですよね?」
K社長
「入社して現在までの5年間ですね。」
浜ちゃん先生
「第1倉庫が完成した後,現在まで倉庫業務は誰が行っていたんですか?」
K社長
「3年前までは別の運行管理者が兼任していましたが,3年前に雇用した社員がそれ以降は担当しています。」
浜ちゃん先生
「第2倉庫の完成によって,その社員だけでは倉庫業務が回らなくなるんでしょうか?」
K社長
「そんなことはないと思いますけど。」
浜ちゃん先生
「配転予定の社員の方は50代でしたよね?」
K社長
「そうですね。」
浜ちゃん先生
「今まで伺った事情からすると社員が被る不利益が著しく,それとのバランスで要求される業務上の必要性は
満たしていないと評価されそうです。
すなわち配転命令が権利濫用として無効になりそうですね。」
K社長
「最近の裁判例でそのような判断が出ているということですね?」
浜ちゃん先生
「安藤運輸事件(名古屋高裁令和3年1月20日判決,名古屋地裁令和元年11月12日判決)ですね。
一審,二審ともに配転命令が権利濫用に当たり無効と判断されています。
このケースに非常に近い配転なので貴社が予定している配転も無効と評価される可能性が高そうです。」
K社長
「そうなんですね。実は配転を予定している社員と同じ部門のドライバーとの折り合いが悪くなっていて,
ドライバーからの要望もあって今回の配転を考えていたんですよ。」
浜ちゃん先生
「正直にお話しいただいてありがとうございます。
今生じている問題を解決するために別の方法を考えていきましょう。」
K社長
「わかりました。今日はありがとうございました。」
浜ちゃん先生
「いえいえ,お付き合いいただきありがとうございました。お疲れさまでした。」
最後に
☆当事務所においては,これまでも労務管理を中心とする中小企業の顧問業務,宅建業や不動産取引にかかわる紛争
の解決に注力して参りましたが,今後は流通・運送業界の法律問題の解決,顧問業務にも力を入れて取り組むこと
になりました。
このブログにおいても有益な情報発信ができるよう努力して参りますので,よろしくお願いいたします!
執筆者 弁護士 浜田 諭
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