未払い残業代請求への対応
未払い残業代請求の増加傾向
近年、従業員からの高額な残業代請求をされてしまうことで、企業経営にも大きな影響が出てしまうご相談が増加傾向にあります。残業代請求の方法については大きく2種類のパターンに分けられます。
労働者本人が行う請求
労働者本人から企業で未払い残業代を請求する場合もさらに分岐して、
①書面での請求という交渉
②労働委員会のあっせん等を利用する裁判所以外での手続を利用する
場合に分けられます。
労働者個人が代理人を立てずに労働審判の申し立てや民事訴訟の提起によって解決を図ろうとするケースはまれですが、労働者が自分にも未払い残業代が発生している可能性,それを使用者に請求すると支払ってもらえるケースがあるという情報をインターネットなどで容易に入手できるようになったことが原因で、このケースも増加傾向にあります。
労働者が代理人を立てずに請求してくる原因は請求額が高くなく,弁護士を代理人に立てると費用の方が高くなる可能性があるという経済的なものがメインだと思います。
また労働者本人が請求してくる場合には,そもそも未払い残業代が発生しないと思われるもの,本来発生している額よりも低い額を請求してきているもの等,代理人弁護士が立っている場合にはあり得ない請求をしてきているケースが多くあります。
労働者が代理人弁護士を立てて行う請求
労働者が代理人弁護士をたてて行う請求の場合でも、
①交渉段階
②労働審判
③通常の民事訴訟 の3パターンでの請求に分けられます。
①交渉段階
交渉段階は労働者の代理人弁護士から通知書等のタイトルで残業代を請求する文書が使用者である会社・事業主に届くところからスタートし,資料の提示を含めた書面のやり取りの中で合意点が見つかれば和解書や合意書といった合意内容を明記した書面を作成して紛争が解決されることになります。
労働者が代理人弁護士を立てて未払い残業代を請求するケースについても,後述の労働審判や民事訴訟とは違い,統計資料があるわけではないのですが,体感としては増えている気がします。
また未払い残業代請求は労働者が退職した後に行われるのが通常なのですが,未払い残業代請求単体ではなく在職中に上司などからパワハラなどを受けたとして慰謝料等を併せて請求してくるケースが多いですね。
なお,慰謝料等の請求がメインでそれと併せて在職中の未払い残業代請求をしてくる場合と逆に未払い残業代請求がメインで慰謝料等の請求がついでに行われていると見える場合があります。
②労働審判
労働審判を申し立てるケースについてですが,労働審判制度が始まって以降,労働審判の申立て件数は2009年まではうなぎ登りで,そこから2019年までは年間3,500件前後のところで高止まりしています。
労働審判についても,不当解雇を原因とする地位確認の訴えと併せて未払い残業代が請求されたり,在職中のハラスメントを理由とする慰謝料請求と併せて請求されたりというものが多いですね。未払い残業代請求単体を労働審判で請求するケースが増えたという感覚はありませんが,未払い残業代請求も併せて請求される労働審判は増えていると思います。
③通常の民事訴訟
地方裁判所に提起された通常の民事訴訟事件は司法統計上も減少傾向で平成22年には36万9,702件であった新受案件(新しく提起された案件)が,令和2年には14万9,699件と激減しています。
しかし労働関係民事訴訟については徐々に件数が増えており,令和元年に地方裁判所に提起された案件は3,500件を超えて過去最高となっています。
労働審判制度が始まって以降,通常民事訴訟で争われる労働事件は,争いが深刻なもの(労働者が不当解雇を主張して職場復帰を求める地位確認の訴え等),尋問手続を経て裁判所が判断をするのが相当と判断される案件(ハラスメントの存在やその評価が争いとなっている慰謝料請求事件等)だけが通常民事訴訟で解決が図られるようになった気がします。
未払い残業代請求単体の訴訟案件は少なく,また他の請求と併せて未払い残業代が請求されている訴訟案件の数も増えていないと感じています。
高額に残業代を請求されてしまう要因
上記のように残業代請求といっても様々な方法で請求することが可能であり、
代理人弁護士をたてているケースでは高額な残業代請求に発展してしまう可能性もあります。
実際に高額な残業代が請求されてしまう要因の代表例として、下記が挙げられます。
労働時間の管理が不十分であること
平成29年1月20日に厚生労働省から「労働事件の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」が公表されましたが,このようなガイドラインが公表される背景には,労働時間の管理が不十分な事業主が多いことがあります。
このガイドラインから一部引用します。
「4 労働時間の適切な把握のために使用者が講ずべき措置
(1)始業・終業時刻の確認及び記録
使用者は,労働時間を適正に把握するため,労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し,これを記録すること。
(2)始業・終業時刻の確認及び記録の原則的な方法
使用者が始業・終業時刻を確認し,記録する方法としては,原則として次のいずれかの方法によること。
ア 使用者が,自ら現認することにより確認し,適正に記録すること。
イ タイムカード,ICカード,パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を
基礎として確認し,適正に記録すること。
(3)自己申告制により始業・終業時刻の確認及び記録を行う場合の措置
上記2の方法によることなく,自己申告制によりこれを行わざるを得ない場合,
使用者は次の措置を講ずること。
ア~オ 省略
(4)賃金台帳の適正な調製
(5)労働時間の記録に関する書類の保存
(6)労働時間を管理する者の職務
(7)労働時間等設定委員会等の活用」
ガイドラインが指摘するような労働時間管理を行っていれば,労働時間が実際には何時間であったのか,残業代をきちんと支払っていたのかをめぐるトラブルが避けられるケースがあるのですが,そもそも労働時間を事業主がきちんと管理しておらず,労働者側の提示した証拠をベースにして労働時間が認定されて,それをベースに計算をすると未払い残業代の額がかなり大きくなるというケースも珍しくありません。
なお,労働時間管理の中には,無駄な残業を抑止する取り組みを行っているのかも含まれます。
時間外労働(残業)を許可制度にして,実際にこれを運用するなどの工夫をしていれば,許可のない時間外労働について労働時間と評価しないで済む,すなわち,この時間については労働時間とみなされずに残業代を支払わなくて済むというケースもあるのです。
賃金制度の欠陥
時間外労働が構造的に多い業種(運送業等)においては固定残業代制度を採用しているケースが多いのですが,
この固定残業代が残業代の支払いと評価されないと割増賃金の基礎単価の計算に固定残業代が組み込まれて,
かつ固定残業代として支払われたはずの金額は残業代の支払いとは評価されないという
「残業代のダブルパンチ」を食らうことになります。
この状態は残業代の高額請求を招く原因となりますし,実際に高額な残業代を支払わざるを得なくなる原因となります。
残業代請求されてしまう状況を放置するリスク
上記のような労働時間管理や賃金制度の整備を行わないまま放置をしてしまうと、
企業経営への影響はより大きなものになってしまうため十分にリスクを把握することが重要です。
残業代請求の高額化
先に述べた通りです。請求が高額化するとともに解決時に支払うべき残業代請求も高額化します。
労働時間管理が不十分な状態,不要な残業を放置している状態を続けていくと潜在的に発生している残業代が蓄積していきます。
そして,2020年3月までに発生した残業代は2年,2020年4月以降に発生した残業代は3年の間,消滅時効にかかりませんので,3年分の未払い残業代を一気に請求され,支払わなくてはいけなくなるリスクがあります。 なお,現在の消滅時効期間3年間は一時的なものであり,いずれは5年になることが予定されています。
残業代請求の頻発
残業代請求については,労働者が退職して以降に行われるケースが多いのですが,残業代請求を行った労働者が在職中の労働者,特に退職を検討している労働者に自分が残業代請求を行って実際にいくらとることができたという情報を流すことが考えられます。
これは,新たなる離職者の発生とその方からの未払い残業代請求を誘発します。
1人当たりでもそれなりの金額になる未払い残業代請求が複数の労働者からなされる事態になると事業の存続自体が危うくなります。倒産リスクが生じるということです。
当事務所のサポート内容
当事務所では残業代請求に関して中小企業の経営者様をサポートしております。
具体的なサポート内容については下記の通りです。
労務管理を中心とした顧問契約による継続的サポート
未払い残業代請求については日常の労務管理こそが重要であり,同時に現在の賃金制度の改定を要することも多いところです。
そこで未払い残業代請求を懸念されている事業所の経営者の皆様,人事担当者の方には顧問契約によるサポートをお勧めしているところです。
個別紛争についてのサポート
既に紛争が顕在化しているケース,すなわち既に未払い残業代を労働者本人又はその代理人弁護士から請求されて困っておられる法人,個人事業主の皆様の相談に対応し,ご依頼をいただければ代理人弁護士として交渉,労働審判,訴訟のいずれの段階においても対応することが可能です。
当事務所の弁護士費用
当事務所の顧問契約等、サポートの詳細は下記よりご確認ください。